「その、王女殿下……お言葉ですが、せめて公の場ではメイシアに敬語を使わせてやってくださいませんか……王女殿下のご厚意を無下にするようで大変心苦しいのですが……」

 伯爵の言葉は正しい。果たして私が公の場に出る事があるかどうかは分からないが、とにかくもしそのような事があれば、私の言葉に従ったが故にメイシアが無礼な子になってしまう。
 私は全然構わないのだが、世間はそうはいかない。きっとメイシアが悪し様に噂されてしまう事だろう。
 メイシアを目に入れても痛くない程可愛がっている伯爵としては、それは絶対に避けたい事なのかもしれない。
 だからこその、この申し出か。私はそれに一度頷いて、

「それもそうですね。メイシア、周りに人がいない時なら私は全然構わないけれど……人前では一応敬語を使ってくれたら嬉しいわ」

 とメイシアに頼んだ。彼女はぺこりと頭を小さく下げて、

「うん。人前では……えっと、王女殿下とお呼びさせていただきます」

 また距離を感じてしまう呼び方をして来たのだ。……名前で呼んでくれてもいいのに。
 呼ばれ方が気に食わなかった私は、頬を膨らませてメイシアに文句を言った。

「友達なのに名前で呼んでくれないんだ」
「えっ……でも、あの……」

 メイシアが困ったように瞳を右へ左へ送る。私は、初めての女の子の友達に名前で呼んで貰えないと言うのが耐えられず、困らせてしまうと分かっていたのにも関わらずこんな事を言ってしまった。

「…………アミレス様……って、呼んでも……いいですか?」
「勿論! ……ふふっ、名前で呼んでもらえるのって嬉しいね」

 ここで私はメイシアからの名前呼びを勝ち取った。普段私の名前を呼んでくれるのなんてマクベスタぐらいだからなぁ……シルフは愛称呼びだし。
 ハイラさんが姫様でエンヴィーさんが姫さん……うん、本当に名前で呼んでくれる人が少ないからなぁ、私の身の回りには。
 だからこうして友達に名前で呼んで貰えると言うのが嬉しくて仕方ない。シルフが前に、自分だけの名前で呼ばれるのが嬉しいと言っていたけれど、確かにその通りのようだ。
 名前を呼んで貰えただけで胸がぽかっ……て暖かくなった気がした。フォーロイトの氷の心が少しずつ溶かされていくような、そんな気分だ。

「……伯爵、私はそろそろお暇しますね。とうに日付も変わってますし、そろそろ城に戻らないといけないので」

 メイシアから離れ、私は伯爵に向けてお辞儀する。本当の事を言えば朝までに戻れば特に問題無いんだけど、そんな事よりも、私としては数日振りの再会なのだから親子水入らずの時間を過ごして欲しいのだ。
 午前零時はとっくに過ぎた。灰被りの王女はこの眩しくて暖かい舞台から姿を消さなければならない。