「はい、終わったよ。他には何か無い?」
「……えっ、他ですか」

 気がつけば治癒は滞りなく終わり、私の足からは傷口も痛みも完全に消え去っていた。
 治癒の終わりを告げたリードさんは、他の傷の有無を尋ねてきた。ここまで来たのだからとことん治してやろう、みたいな感じなのかしら。
 それにしてもこの人、子供達ほぼ全員に治癒魔法をかけただけでなく、私にまで治癒魔法を使えるとは……魔力量が桁違いなのでは? 本当に凄い……流石元司祭、とんでもないわ……。
 リードさんの魔力量が凄いなぁと思いつつ、私は大男相手に力勝負で負け、手足の骨が折れかけた事も話した。
 するとリードさんは頬を引き攣らせながら、私の体全体に回復《ヒール》をかけてくれた。
 そして治癒を終えると、リードさんの怖いくらい優しい笑顔がこちらに向けられた。

「……もうこんな危ない事はしないように。いいね?」
「……はい」

 その笑顔のまま釘を刺されてしまい、『はい』としか答えられない雰囲気となっていた。なので私は間を置いてからそう答えた。
 リードさんはその答えに満足したようで、普通の優しい笑みに戻りゆっくりと立ち上がった。
 その後、リードさんはディオさんに聞きたい事があるとかで、「少し行ってくるよ」とディオさんの所へと向かった。
 そうして怪我も治り万全の状態となった私は、そのままへりに座り、夜空を見上げていた。
 するとメイシアが静かに近寄って来て。隣に座ったら? と言うと、メイシアは少し照れて頬を赤くしながらちょこん……と私の右隣に座った。うむ、とても近い。

「スミレちゃん、もう怪我は治ったんだよね」
「うん。リードさんのおかげでこの通り怪我は完治しました」
「……よかった。スミレちゃんの怪我は、ちゃんと治るもので」

 そう呟いたメイシアの顔に、どことなく影が射す。メイシアの左手は今、義手《みぎて》に重ねられ……その赤い瞳もそこを見つめていた。
 メイシアの右手が無いのは生まれつき……あまりにも時が経ち過ぎているせいで、どれだけ高等な治癒魔法を用いても、もはやその右手を復活させる事は出来ないらしい。
 ……ファンブックでこの情報を見ただけの私に、実際にその状況で生きて来たメイシアの気持ちが分かる筈がない。
 だから、この子の気持ちに同調する事も同情する事も出来ない……私がヒロインだったならば、ここで気の利いた言葉の一つや二つや三つ思いついたんだろうけど……生憎と私はどちらかと言えば悪役の王女、冷酷無比なフォーロイトの人間なのだ。
 気の利いた言葉なんて言えない。だから私は、私が思うありったけの言葉を伝えるしかない。

「……ねぇ、メイシア。メイシアは自分の事、好き?」
「……自分の事?」

 突然の私の質問に、メイシアは猫のように目を丸くした。私はメイシアの左手を取って、それに両手を重ねて言う。

「私はね、メイシアの事が好きだよ。凄く可愛くて、優しくて……こんな私の事を心配してくれた、数少ない……ううん、私の初めての女の子の友達。だからね、大好きなの。貴女の事が」

 私の家族は心配なんて言葉を知らない人達だ。そもそも私に関心すら無い。疎まれ、無視され、無いものとして扱われてきた。
 私の存在を認めてくれていたのはハイラさんとシルフとマクベスタとエンヴィーさん……ほんの少しの人達だけ。
 だけど、それもきっと私が曲がりなりにも皇族だからであって。何の地位も名声も無い私を認めてくれる人なんて、心配してくれる人なんて、誰もいないと思ってたんだ。
 だから今日だけで何度も驚いた。街の人達や、リードさん、メイシアも、ディオさんも……皆が私の事を当たり前のように心配してくれたのが、嬉しかった。
 私もちゃんとここに存在しているんだって、認められているんだって、そう、感じられたから。