……──それは、地下から脱出した少し後の事。

「……そんなにスミレが心配?」

 懸命に走る子供達の列の中、シュヴァルツは隣を走る少女にそう問うた。
 少女は藍色の髪で顔に影を落としながら、小さく頷く。

「ふぅん、それなら今すぐスミレの所に行った方がいいよぉ。このままだとスミレは間違いなく怪我をするよ、下手をすれば致命傷になるかもしれないね」

 シュヴァルツは何気なくそう話した。その言葉に根拠なんて無い。ただシュヴァルツがそう思っただけの言葉……しかしそれは少女にとっては聞き流せないものだった。

「どう言う事?」
「スミレはとても強いのかもしれないよ? でもさ、相手は大人で男で何より経験豊富な人なんでしょ。どれだけスミレに才能があろうとも……どうしても、今はまだ越えられない壁があると思うんだよねー」

 その言葉に、少女の表情は固まった。
 しかしシュヴァルツは話す事を止めなかった。陽気な少年は、まだ、言葉を続けるのである。

「だから君が助けに行けばいいと思ったんだぁ。だってほら、君はスミレが心配でー、そして強い魔力を持ってる! これ以上無い選択だとぼくは思うんだけど、どうかなっ?」

 どうかなどうかなと瞳を輝かせて、シュヴァルツは少女の顔を覗き込んだ。少女はその赤い双眸を丸く見開き、震わせていた。
 程なくして、少女は口を開いた。

「…………あの子の所に行ってくる。恩返し、しなきゃ」

 そう呟くと、少女はくるりと踵を返して子供達の列から外れた。何人かの子供にその背を見送られながら、少女は建物の中へと戻ってゆく。

「頑張ってねぇ、メイシア。スミレもちゃあんと無事で帰って来てくれるといいなー……あーあ。ぼくは戦えないからなあ、どうせ戦場じゃあ役に立たないもんなあ、ぼくが手助けに行けたら良かったのになあ」

 これで良し! とばかりに何故か誇らしげな顔を作った後、残念そうな表情を浮かべながらシュヴァルツはため息をひとつ。
 そして子供達の列からこっそり外れた少女──メイシアは、追っ手の奴隷商の男達を物陰に隠れてやり過ごし、アミレスがいるであろう管理者の部屋目指して一生懸命走り出す。

(──どうか、無事でいて。スミレちゃん)

 目先の絶望しか無かったあの空間に、唯一光を届けてくれた人。歳もほとんど変わらないその人がくれた光や温かさは、全てを諦めて絶望していた子供達に、最後の希望を与えた。
 それは──メイシアも同様であったのだ。
 メイシアは『わたし』を知るという彼女が、それでも普通に笑いかけ手を差し伸べてくれた事に、密かに涙しそうになっていた。
 助けてくれた恩、希望をくれた恩、温かさをくれた恩、笑顔をくれた恩…………ほんの少しの間を共にしただけなのに、メイシアはスミレに何度も救われ、恩義を感じていた。
 だからこそ、それを果たす為にと、メイシアは勇気を振り絞って道を進んで行ったのだった……。