「で、でも……お相手は王女殿下ですし……」

 どうしたらいいのか分からず、彼女は肩をもじもじとさせる。
 どうやってローズニカさんを納得させようかと悩む私。そこでふと妙案を思いついた。

「私は確かに王女ですけれど、同時に公女は歳上でしょう? つまりプラマイゼロですわ!」

 サムズアップして堂々告げる。それに彼女はぽかんとして、

「プラマイゼロ……」

 私の言葉を繰り返すように呟く。
 ううむ。めちゃくちゃいい考えだと思ったんだけど、反応がイマイチね。
 だが私は諦めないぞ。この際何をしてでも彼女と友達になりたい。そう決めたんだ。私は、一度こうと決めたら考えを曲げないと周りからの評価だ。
 だからぜーったいに諦めないもんね! 目の前のこの美少女と仲良くなって、あくまでも円満に計画に協力して貰おう!

「……こんなふざけた事を言ってでも、貴女と友達になりたかったのです。駄目、ですか?」

 伯爵夫人直伝の必殺技、上目遣いでのおねだり戦法ーーーっ!
 ハイラやメイシアだけでなく、イリオーデや師匠達にさえも効くんだからこれはそこそこの効力がある筈。ローズニカさんにも効いてくれると信じて、私は切り札を切る。

「〜〜〜〜っ! は、はぃっ! 喜んで!!」

 頬を赤く染めて、目をキラキラと輝かせる。彼女はいつしか見た恋する乙女かのような表情で、元気のいい返事を聞かせてくれた。

「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいわ。私の事は是非とも名前で呼んでちょうだいね?」

 思っていた以上の効果覿面っぷり。新しい友達が出来た事が嬉しくて、私はニンマリと笑みを作った。

「あ、ああ……アミレス、様」
「友達に様なんてつけるの?」
「うぅ……アミレス、さん」
「他人行儀じゃない?」

 何とか友達らしい呼称を引き出そうと圧をかける。

「アミレス、ちゃん」

 恥ずかしそうにボソリと彼女は呟いた。誰にも呼ばれた事の無いその呼称に少し驚く。
 少しむず痒いような気もするが、これはこれで有りだ。

「じゃあそれでこれからはよろしくね、公女……って友達なのに公女って呼ぶのはおかしいわ、何とお呼びしたらいいかしら?」
「それなら、あの。ローズって呼んでほしいです」
「公子が貴女の事をそう呼んでたわね。いいの? 私もそう呼んでしまって」

 またもやもじもじとしながら、ローズニカさんはおずおずと言う。
 家族にのみ許される愛称なのでは? と気掛かりだった事を尋ねると、ローズニカさんは勢いよく顔を上げ、

「はい! 寧ろそう呼んでほしいです!」

 はっきりと言い切った。

「分かったわ、ローズって呼ばせてもらうね。これから友達として仲良くしましょう、ローズ!」
「……っ! はい……じゃあなかった、うん! よろしくね、アミレスちゃん」

 友達と言えばやはり握手。私はローズに握手を求め、彼女の朝露のような綺麗で繊細な手を握り潰さぬよう握手する。
 それからは他愛もない話で盛り上がり、ローズが絵本や物語が好きだという話を聞いて、私はいつか読んだ『赤バラのおうじさま』を話題に挙げた。
 実は港町ルーシェでの暗躍後、メアリーに頼んで『赤バラのおうじさま』を貸してもらい、一通り目を通した。なんというか、話に聞いてた以上にキザな男だったなランスロットは。

 偶然にも同じ作品を通っていた事から、一気に会話は大盛り上がり。ローズの作品愛は凄まじく、その様子はまさにオタクと表現すべき程。
 何だか急に親近感を覚え、私は更に彼女との心の距離を詰める事が出来た。
 小一時間赤バラ(赤バラのおうじさまの略称らしい)の話で盛り上がり、小休止とばかりに紅茶とお菓子を楽しんだ後、私は本題に移った。

「ねぇ、ローズ。ちょっと聞きたい事があるのだけど……」
「なあに?」

 ローズはティーカップを手に持ち、こてんと首を傾げた。可愛い。

「街の人達が貴女の事を歌姫って呼んでたけど、あれはなんだったの?」
「っ!」

 ピタリ、と彼女の表情が強ばる。唇を真一文字に結んで彼女は暫く黙り込んだ。
 ……何か、不味い事を聞いてしまったのかな。取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。そんな不安から、握り拳にぎゅっと力を込めた時。
 ローズがおもむろに口を開いた。