「……──という感じでいいかな。いいなら俺はもう帰るよ。早く主君の所に戻りたいんだ、何か嫌な予感がするし」
「ハンっ、忠犬か?」
「主君の犬……いいね、それ。主君が望むから頑張って犬になろうかな」
「うわとんでもない事言ってるよこの人」

 ヘブンの煽りもアルベルトには効かない。驚きの犬になろうかな発言にその場にいた面々はギョッとし、ラスイズは思わず本音を口にした。

「ああ待ってくれルティ。実はメイシアちゃんからお使いみたいな事頼まれててさ」

 影に入ろうとするアルベルトをカイルが呼び止めた。
 カイルは手持ちの鞄から大きな毛皮のローブを取り出し、アルベルトに渡した。

「『貴方ならアミレス様にお届け出来ますよね? お願いします、これをアミレス様に届けてください』って頼まれてさ。俺の代わりにアイツに渡しといて、それ」
「……分かった」
(──もふもふだな、これ。真っ白に見えるけど……主君に合わせて白い毛皮をわざわざ用意したのかな。流石はシャンパー商会……おそるべし……)

 こくりと頷き、毛皮のローブを触りながらアルベルトは影に飛び込んだ。
 このやり取りを見ていたヘブンは、パチパチと燃える火の音をバックにおもむろに口を開く。

「なァ、ルカ。メイシアってのは、まさかシャンパージュの魔女か?」
「え。メイシアちゃんってもうそんな風に呼ばれてんの?」
「…………その反応はマジなやつだな。はぁぁぁ……? あの王女、シャンパージュの魔女まで従えてんのかよ。オレ達絶対いらねーだろ」

 ヘブンが苦虫を噛み潰したような面持ちで重くため息を吐く。

「何でメイシアちゃんは魔女って呼ばれてんの?」
(──ゲームでは魔眼を使ってからそう呼ばれるようになった筈だし……ちょっと早くねぇか?)

 カイルは純粋な疑問を抱き、解決しようと乗り出した。それにはノウルーが答えた。

「シャンパージュの魔女──……メイシア・シャンパージュは今や帝国で商売をする人間にとって、皇帝以上に恐れるべき相手だ。あのシャンパー商会の次期会長と言うだけならまだ良かっただろうな。だがあの少女は……まさに傑物だ」

 およそ齢十三歳とかの少女に対する評価ではないそれに、カイルはゴクリと固唾を呑んだ。

「数ヶ月前、魔女の一声でシャンパー商会はなんと新たな船を造り漁業と鮮度維持の技術開発に本腰を入れ始めたんだよ」
(……ん? 漁業?)

 カイルは僅かな違和感を覚える。

「ルーシェで漁をして生計を立てていた連中を新たに商会で立てた組合に好条件で所属させる事で、商会で漁業を占領出来るように仕向けた。その上でいかに鮮度を保ち魚を帝都や諸地域に輸送出来るか、とその技術開発に注力していてな。そんなの開発出来ちまったら、世界中の国々が喉から手が出る程欲しがる事間違い無しだ」
(……鮮度を保ち帝都に?)

 更に、カイルの頭に疑問符が浮かぶ。

「これの総管理兼総指揮をしているのがシャンパージュの魔女だ。まだガキの癖に大人顔負けの経営手腕を発揮し、近いうちに一大産業を築き上げるであろう事、そしてあのガキに目ェ付けられたら帝国で商売出来なくなるって事から、俺達商人は畏怖の意を込めて『シャンパージュの魔女』と呼んでいる。噂では余計な口を叩いた商人を火炙りにしたとか聞くしな」
(……火炙りかぁ、それ絶対アミレスの事馬鹿にしたとかそんな理由なんだろうな。メイシアちゃんの事だから)

 ノウルーが語る傍らで、カイルは脳裏にアミレス狂いのメイシアの姿を思い浮かべた。
 それと同時に、彼は気づく。

(てかさ。その一大産業ってどう考えてもアミレスのあの言葉(・・・・)が理由だよな?!)