「……よかった。凍傷などにはなっていないようですね。でもこんなに足が冷え切って…………」

 アルベルトの顔が悲痛に沈む。いつの間にか手袋を外し、白くしなやかな指で彼はニーソックス越しに私の足に触れる。彼の言う通り私の足は冷え切っており、私の足に触れるアルベルトの指が温かく感じた。
 その後もう片足のヒールブーツを脱がされてから、アルベルトに「あの、席を外しますので、濡れているズボンや靴下なども脱いでいただけますか?」と言われたので。

「確かに。このままだと風邪引くかもしれないしね」
「っ!? しゅ、主君……!? あの、えと、すみませんッッッ!!」

 冷たく湿ったズボンの裾を捲り上げる。ズボンは元々ぶかぶかで、中に手を入れようと思えば入れられるし、捲り上げようと思えば太もものあたりまで捲り上げる事だって出来る。
 だからとりあえずズボンを捲り上げて、ニーソックスを脱ごうとしたらアルベルトが顔を真っ赤にして顔を逸らした。その際首から鳴ってはいけない音が聞こえた気がする。
 しまった。急に目の前で足を出されたらそりゃあアルベルトもびっくりするわよね。
 この世界では素足を晒す事がはしたないとか言われてるから……ドレスとかでは思い切り胸元や背中を露出するのに、何で足は駄目なんだろうと疑問に思ったのも懐かしいな。

「アルベルト、別に足ぐらい見てもいいのよ? 私は特に気にしないし」
「ぅえっ?! いいいえっ、俺が気にします!!」
「じゃあ今からずっとこのままで話すの?」
「え……?」

 明後日の方を向くアルベルトから、困惑の声が聞こえて来る。
 アルベルトとの会話の最中にも私はニーソックスを脱ぎ、裾が濡れたズボンも脱いでいた。厚手のローブと毛皮のローブを二重に羽織っているものの、その下は大きなシャツと下着のみ。足を隠す為にと履いていたニーソックスも脱いでしまったので、素足で肌寒さを覚える。

「なんっっ、で……! どうしてそのような格好を!?」

 一瞬こちらを横目で見て、またもや凄まじい勢いで顔を逸らす。

「貴方に言われた通りズボンと靴下を脱いだからだけど……」
「せめて俺が退出してから着替えてくださいっ」
「あ、ごめんね。安心して、また靴下履くから」

 そう言えば席を外しますので〜とか言ってたわね。寒かったから早く脱ぎたくて、すぐに脱いじゃったわ。これじゃあ痴女じゃないの。
 鞄から予備のニーソックスを取り出して履く。
 これで素足は見えないだろう。部屋も暖かいので、毛皮のローブをアルベルトに返却しようと脱いで畳む。だがアルベルトから、「それは主君にと渡すよう頼まれていたものなので……」と返却を拒否されてしまった。

 ついでに吹雪に晒され濡れていた厚手のローブも脱いで、暖炉近くの椅子にズボンやニーソックスと一緒に掛けて乾かそうとする。
 オーバーサイズのシャツとニーソックス姿の私に、アルベルトは少しギクシャクしている。この旅の間、私が寝て起きるまでは当然彼等と会う事も無かったから……この格好を見られるのも初めてなのよね。
 寝る直前まで私は着替えないし、私が普段からこんなだらしない格好で寝てると知って彼も驚いているのだろう。

「その……主君。何故あのような格好で外に?」

 何故かずっと床に座り続けるアルベルトが視線を泳がせる。
 シャツとニーソックスだけの格好で寝台《ベッド》に座り足を組んでいるのだが、アルベルトが全くこちらを見てくれない。
 ……そんなに際どいかしらこれ。絶対夜会とかパーティーで着るドレスの方が際どいと思うけどなぁ。この辺の価値観の相違が、私が転生者である事を再認識させる。

「本当は外に出るつもりはなかったのよ。ただ少し、寝付けなくて廊下を歩いていたら……隠し通路を見つけて、後戻り出来なくて。その結果外に出ざるを得ずああなりました」

 何故一瞬言い訳を挟んだのか。しかも何故嘘をついたのか。
 イリオーデにすぐに寝るよと伝えた手前、何となく後ろめたさがあるのかもしれない。
 この事がイリオーデにバレたら確実にお小言を言われてしまう。私を気にかけての事だとは分かっているのだけど、それでも小言は好きじゃない。
 やる事なす事に口を出され、自由意志を蔑ろにされるのはもうコリゴリだ。

「そうだったのですか、それは災難でしたね」

 アルベルトは眉を顰めて、ボソリと続ける。

「……騎士君やマクベスタ君やエンヴィーさんから聞いてはいたけど、本当に主君は夜中のうちにこっそり抜け出すんですね……夜中程、目を光らせた方がいいってこういう事か…………」

 ちょっと待って何その話。イリオーデもマクベスタも師匠もアルベルトに何を吹き込んでいるんだ。
 確かに私は度々夜中に抜け出して問題を起こしているけど! 奴隷商の時もオセロマイトの時も勝手に夜中に抜け出してしこたま怒られたけども!!
 だからってそんな問題児への対応マニュアルみたいに、新人に変な事吹き込まないでよ。まるで私が問題児みたいじゃないの。