「……痛いんだが」
「文句言わないでください。オレだってまだ体中痛いのに団長の手当してるんですから!」

 イリオーデによる殺意満載両手剣アタックを喰らい、全身ボロボロになった黒狼騎士団の三名。
 中でも最もその被害を受けたバルロッサは、早くも意識を取り戻し自分の応急処置を終えたナァラによって包帯をグルグルと全身に巻かれていた。
 流石はディジェル領の民と言うべきか。巻き込まれでも中々の衝撃があっただろうに、もうこうして意識を取り戻して他の人の応急処置に移れているのだから。
 強靭な肉体と高い自然治癒力を持つディジェル領の民だからこそ成せる技だ。

「しっかし……化け物なんじゃないかな、あの男。僕達がディジェル人じゃなかったら確実に死んでたっての」
「こっちの侍女も大分やばかったですけどね……あの顔を思い出すだけで震えが…………」
「貴方達の被害を見ると、ただ右肩を撃ち抜かれただけで済んだのがマシに思えてきますよ」

 各騎士団の副団長、黒狼騎士団のエスト、蒼鷲騎士団のセファール、紅獅子騎士団のザオラースが情けない……と肩をすぼめた。
 そこに、団長達からの野次が飛ぶ。

「おーい、ザオラース。一応私は背中に傷を受けてしまったんだが?」
「俺も、胸部と背中の骨がかなり砕けている。かなりの苦痛が今も尾を引いているぞ。なんなら内臓も少し潰れていたのだが……上位回復薬《ハイポーション》が無かったら今頃のたうち回っていたやもしれん」
「……俺は、見事この通りだ」

 団長三名によるからかいに、副団長三名は「うっ」と気まずそうに視線を泳がせる。
 それぞれ、アミレスとアルベルトとイリオーデの魔法の犠牲となった者達。奇想天外な魔法で虚をつかれ、そのまま押されて負けてしまった。
 たが彼等は敗北そのものを恥じるのではなく、アミレス達の使用した魔法に初見で上手く対応出来なかった事を恥じているようで。

「ザオラース、カコン。明日からでも対魔法戦の訓練を始めるぞ。私達はこれまで知識を持たぬ魔物や魔獣ばかりを相手にしていた為、知識を巡らせ魔法を扱うような相手との戦闘に不慣れだった。正直な所……私達は慢心していた。妖精の祝福を受け、日々魔獣や魔物との戦闘で鍛え上げられていると驕っていた。その結果がこれだ」

 ギリ、と奥歯を噛み締め拳を震わせる。
 アミレスの前では爽やかに、負けた事を気にしていないように振舞っていたが……モルスは非常に悔しげに語る。

「我々はその慢心により、外からの客人に後れを取ってしまった。これはディジェル領を守る騎士としてまこと不甲斐ない姿である。故に、明日から心機一転、決して慢心などせず訓練に励むぞ!」
「「はっ!」」

 モルスの言葉にザオラースとカコンが敬礼し、声を重ねる。その様子を見て、ムリアンは口元に手を当てて思案する。

「ふむ、では俺達も同様の訓練……──いや。合同演習といかないか、モルス。あのように魔法と剣を巧みに扱う者達との戦闘想定であれば、互いの騎士団を利用するのも一つの手だろう」
「それもアリだな。こういう時こそそれぞれの騎士団の特色を活用すべきだ。バルロッサもどうだ?」
「……黒狼騎士団も合同演習に参加しよう。もっとも、俺のように不甲斐なく敗北した男を団長と仰ぎ、アイツ等が大人しく指示に従うかは分からんが」
「黒狼騎士団の者達は、何と言うか、個性が強いからな……」

 ボロボロの体で互いに応急処置をしあう騎士達。ただ転んだだけでは終わらない、それがディジェル領の民だ。

(個性が強いで片付けられるんだ、うちの騎士団……)
「……おいナァラ、包帯をキツく絞めすぎだ」
「あっごめんなさいぃ!」

 ぼーっとしながら団長達の話を聞いていたナァラは、勢い余って包帯をぐっと強く絞めてしまった。それによりバルロッサに睨まれ、顔から血の気が引く事に。
 するとそこで、彼等がいる部屋の扉が叩かれる。
 一番暇だったカコンが「何ですかー?」と扉を開くと、そこには蒼鷲騎士団団員のラナンスがいた。彼女はこの中で唯一の女性という事もあり別室で応急処置にあたっていたのだ。

「どうしたんですか、ラナンスさん」
「いや、その……客人がいるんだが、団長方は今大丈夫だろうか?」
「客人? 団長ー! お客様が来てるそうですよー!」

 困り顔でおずおずと口を開いたラナンスを不審に思いつつも、カコンはくるりと振り向いて団長達に確認を取った。

「客人自体は問題ないんだが……見ての通り、私達は今この有様だ。見苦しい事この上ないぞ?」

 一度目を合わせてこくりと頷き合った団長三名から、代表してモルスがそう返事した。
 それを受け、カコンがそっくりそのままラナンスに伝言する。今度はそれを、ラナンスがそっくりそのまま部屋の前の廊下にいるらしい客人に伝言し、

「客人は、特に問題無いと言っていた」
「お客様は問題無いらしいですー!」

 逆方向の伝言がまた発生する。

「じゃあもう入って貰え。いつまでも客人を廊下に立たせておく訳にもいかないだろう」

 この無駄な手数を踏む伝言を煩わしく感じたムリアンが、少し声を大きくして告げると、ラナンス先導のもとその客人が彼等のいる部屋に入室した。

「……──お邪魔します、皆さん。私《わたくし》共がこの場に訪れるなど無礼とは承知の上ですが……その、どうしてもお伝えしたい事がありまして」

 戦闘中の勇ましく恐ろしいあの風格とは打って変わって、一国の姫君らしい優雅さを纏い、美丈夫の騎士と清楚な侍女を伴ってその少女は現れた。

「なっ──!?」
「お、王女……?!」
「!!」

 予想外の客人に困惑し、慌てて立ち上がろうとする団長達。
 しかしそれを、「そのままで大丈夫ですよ」とアミレスが制止する。
 何なら、急に動いたからバルロッサとムリアンは再び痛みに襲われていた。応急処置を担当するナァラも、「王女殿下の言う通りにしましょう、団長?」と諭す。
 団長三名が大人しく着席したのを確認して、アミレスはドレスを摘んで少しばかり背を曲げた。
 こんな、怪我人だらけの部屋には不似合いなその動作に誰もが目を丸くして。