長剣《ロングソード》を二本用意したアルベルトは、アミレス同様すかさず邪魔な二人から排除した。長剣《ロングソード》を素早く投擲して副団長と団員の影を地に縫い付け、影を介して精神干渉を試みた。
 それにより蒼鷲騎士団副団長セファールと、団員のラナンスは軽い恐慌状態に陥り戦闘不能となる。

(どれだけ強靭な肉体を持とうとも、それを扱う精神さえ壊してしまえばどうと言う事はない)

 まさにその通りなのだが、だとしても容赦と迷いがなさすぎる。
 まるで野を駆ける馬のごとき速さで、鳥かと見紛う程軽やかに跳躍する。美しい黒の長髪を風に預け、黒と白を基調とした品のある侍女服と共に胸元の青いリボンを揺らす。

 アルベルトの鍛え上げられた肉体は、元々着痩せするタイプだった事もあって侍女服の構造で上手く誤魔化されており、太い首と色香の漂う喉仏は長髪のカツラとハイネックの肌着《インナー》で隠されていた。
 顔にはナチュラルな化粧が施されており、元の素材の良さを全力で活かしている。ほんの少し肩幅が広く、手が骨ばった筋肉質な侍女──……そのように、今のアルベルトは周りの目に映っている事だろう。
 虚ろな灰色の瞳で彼女()は冷ややかに最後の一人を見据えていた。

(──流石はあの王女の侍女と言うべきか。あれは戦い慣れた動きだ……それも、気配を消して確実に相手の息の根を止める、暗殺者のそれだな)

 蒼鷲騎士団団長ムリアンの目は確かだった。叩き上げられた騎士の経験と勘で、見事にアルベルトの本性に一歩近づいたのだから。
 だが、そこまでだった。
 今回はとにかく相手が悪かったと言えよう。何せアルベルトが持つのは闇の魔力。同じ希少属性たる光の魔力と比べても、世界的に見て桁違いに所持者が少ない魔力だ。

 闇の魔力は、とにかく対人戦において異常に強かった。精神干渉ないし影の支配……そのどちらかのみしか使えない者相手でも、闇の魔力所持者相手の対人戦は分が悪い。
 ただでさえ厄介な相手なのに、アルベルトは闇の魔力を使いこなし、ダメ押しとばかりに武芸にも精通していた。

 ──貴方は何をしてもいい。貴方は何だって出来る。

 アミレスよりその言葉を与えられたアルベルトは、その言葉を信じ、自重という言葉を忘れその才能を瞬く間に開花させた。
 この乙女ゲーム世界を盛り上げる脇役《モブ》に過ぎなかった彼は、まるで、攻略対象《メインキャラクター》かのような圧倒的な力と存在感を得たのだ。

(勝負に勝てばきっと、主君は俺を褒めてくれるよね。凄いって言って、笑ってくれるよね)

 彼は夢想する。大事な大事な、たった一人の幼い女神を想い、陶磁器のように白い肌に恍惚とした笑みを象る。

「……──出来る限り、カッコよく勝とうか」

 だって、その方がきっと彼女は喜んでくれるから。
 深い忠誠と浅ましい欲望を抱き、アルベルトはその場で立ち止まった。長剣《ロングソード》二つをその辺にポイッと投げ捨てて、魔法を発動する。

「っ! 何だ、あれは……!?」

 ムリアンは愕然と空を見上げた。
 突如として太陽から降り注ぐ光が途絶えた。闘技場の上空に黒く、この世の闇を全て凝縮したような黒い塊が浮かんでいたのだ。
 それはやがて小さく、小さく、圧縮されてアルベルトの目の前に降り注いだ。
 見ているだけでも呼吸が上手く出来なくなり、血の通わない指先で背筋を撫でられた錯覚を覚えるのに……あろう事かアルベルトはその黒い塊に触れ──、

「前に本で見たんだけど、これ、カッコよくないかな?」

 その塊を、歪んだ刃の巨大な鎌へと変貌させた。
 黒い髪に灰色の虚ろな瞳、黒と白の侍女服に暗黒の鎌。今の彼は、どこの誰が見ても魂を刈る死神と形容する姿であった。

(主君はカッコイイ武器とかが好きみたいだし、きっとこういうのも好きだろうな。この前だって俺が手入れしていた蛇腹剣を見てすっごい楽しそうにしてたし)

 様相は完全に死神なのに、考えている事は何とも微笑ましい内容だった。実に温度差が激しい。

「なっ……、何あれカッコイイ!!」
「楽しそうですね、王女殿下」
「うん! 今凄い楽しい!」
(…………ずるいなあの男。まさかあのような隠し球を持っていたとは……油断ならない……)

 だがアルベルトの作戦は大成功。アミレスはきっちり目を輝かせていた。まるでヴィランに憧れる子供のように、興奮気味にキャッキャと飛び跳ねる。
 あまりにもアミレスが楽しそうなので、イリオーデは少し、面白くないようだ。

(なんだろう、主君の楽しそうな声が聞こえた気が。でも今振り向いたら『手合わせに集中してないの?』と主君のお怒りを受ける気がする……予定通りさっさと終わらせよう)

 そう決めてからは早かった。
 身の丈の二倍程はありそうな巨大な鎌をアルベルトは軽々振り回し、迷いの無い一閃を繰り出す。それは見事ヒットし、文句のつけようが無いサヨナラホームランとなった。
 刃の無い部分で腹部にアルベルト渾身のフルスイングを受けたものだから、さしものムリアンと言えども無事では済まなかった。というかディジェル領の民でなければ即死だった事だろう。

 飛ばされた先は観客席。そこに墜落した隕石のような凹みを作って彼は意識を朦朧とさせていた。
 いくつもの骨が砕ける音と、彼の口から飛び出す鮮血。こんなのどう考えても戦闘不能である。
 よって、この試合はアルベルトの勝利となった。アルベルトは巨大な鎌を影に溶け込ませ、ボールを取ってきた犬のように飼い主(アミレス)の元に戻った。
 そして、褒めてくれと言わんばかりにじっとアミレスを見つめる。

「お疲れ様、ルティ! ところでさっきの鎌って何なの? 何と言うか、カッコよさの塊だったけど……」
「〜〜っ! あれはですね──……」

 期待通り、アミレスの楽しそうな笑顔を見られてアルベルトは大満足。嬉々として先程の巨大な鎌についての説明を始めた。
 その横で、ムスッとしたまま佇むイリオーデ。ずいっと体ごと二人の間に割り込み、イリオーデはアミレスに告げた。

「ちょっと今ワタシが主君に……」
「王女殿下。では、私も行って参ります。必ずや貴女様に勝利を捧げましょう」
「ああ、行ってらっしゃい。無理はしないようにね」

 折角気持ちよくアミレスと会話していたのに、それを遮られて今度はアルベルトがムスッとする。
 不機嫌そうに頬を少し膨らませ、両手剣を持って颯爽と闘技場に向かったイリオーデの背中を睨んでいた。