(王女殿下も剣を持つとの事だが……剣はどこに? 帯剣している様子はないが……)

 決して警戒を緩める事はなく、冷静に観察する。否、彼は警戒を緩めなかったのではなく、緩める事が出来なかったのだ。
 明らかに異質な眼前の少女にモルスの本能が警鐘を鳴らす。
 このような闘技場に似つかわしくない優雅なドレスで、武器なんてまず触った事もなさそうな……温室育ちの箱入り娘に見える少女が、何故──こんなにも堂々とした出で立ちで闘技場の中心に立てるのか。
 その銀色の髪と寒色の瞳が、彼女が何者であるかを思い出させる。迫り来る恐怖から目を逸らす事を許さないのだ。

「では、参りますわ」
「──っ!?」

 アミレスの表情からにこやかな笑みが消滅する。それと同時に彼女と相対する紅獅子騎士団の三名は悪寒を覚え、

「上だッ!!」
「「?!」」

 無数の剣に囲まれた事に気がついた。彼等三名を取り囲むように瞬時に現れた、揺らぐ水の剣。それは凄まじい勢いで一直線に彼等へと降り注いだ。

(王女殿下が氷の魔力を持たないという話は聞いていたが、それにしても水の魔力を使いこなしすぎではないか……!? これ程の数の造形維持、普通ならば成熟した魔導師が数年かけて辿り着く境地だぞ!)

 普通ならば確かにそうだろう。しかし、生憎と彼女は普通ではなかった。
 何故なら彼女は──氷の血筋(フォーロイト)なのだから。

「なっ……なんだ、あれ……?!」

 水の剣を必死にいなすカコンが、化け物でも見たかのような声をもらす。それと同時に観客席から湧き上がるどよめき。
 その視線の先には、水で巨大な弓を作りそこから剣の形をした矢を何本も同時に放とうとするアミレスの姿があった。

「これやるの久しぶりだなぁ──水圧砲《ウォーターアロウ》!」

 まるで空気を抉るように。高速で回転し、その速度と威力を増す超高水圧の水の矢はモルスの卓越した剣技によって、全て明後日の方向へと弾かれてしまった。
 モルスの剣には、彼の火の魔力が纏われていて。彼が既に本気である事が見て取れる。

(え、嘘っ……あれ弾くの? 流石は騎士団長ね……でもこうでなくっちゃ!)
(まずいな……遠慮なくと言われても、相手は王女殿下だから多少は手加減を、などと考えていたが……そんな生温い事をほざいていられる相手ではないようだ。これ程の実力者相手に手加減なんてした日には、私の騎士団長としての名誉は失墜する事だろう)

 アミレスは無邪気に楽しそうに笑い、モルスは久々の強敵に笑った。

「これ、もしかして王女殿下って凄く強いんじゃあ……」
「そうみたいだな……そう言えば、あの皇帝陛下の娘であのフリードル殿下の妹君だもんな。そりゃあ強い筈だ……」

 ローズニカとレオナードは開いた口が塞がらない様子だった。紅獅子騎士団との戦いだというのに、あんなにも楽しそうに笑う姿を見て観客達は彼女への印象を改めた。
 外から来た『ひ弱そうな王女』から、『フォーロイトらしい狂った王女』へと。

「王女殿下の魔法はいつ見ても至高の芸術だ。この世のどんな絵画や彫刻であろうとも、王女殿下御自身や王女殿下の魔法の放つ尊さと輝きには到底適わないな」
「それには激しく同意するよ、騎士君」
「イリオーデだ」
「主君のあの笑顔……ああ、なんて素晴らしい笑顔なんだ。それを向けられるのがワタシではなく何処の馬の骨とも知れぬ輩なのが気に食わないけど」
「……確かに。我々との戦いの時も王女殿下は楽しんで下さっていたが、あそこまで楽しそうな笑みを浮かべている姿はあまり見かけないな。我々では新鮮味に欠けるのだろうか」
「新鮮味のある戦いってどんなものなんだろう。全く思いつかないな……」

 闘技場から観客席へと続く通路にて、イリオーデとアルベルトが真剣な様子で頭を抱える。
 この二人はアミレスの勝利を信じて疑わない。故にこうして関係の無い事に意識を割く余裕があるのだ。

「では続いてはこちらから参りましょう。お覚悟を!」

 モルスはそう宣言すると同時に、強く地面を蹴った。
 ディジェル人と呼ばれるこの領地の者達は誰もが強靭な肉体を持つ。その中でも、彼のように騎士団長の座にまで上り詰める程の者に至っては、

「速っ!?」

 人の身でありながら、目にも止まらぬ速さで動く事とて出来てしまうのだ。
 瞬く間に目と鼻の先まで距離を詰められたアミレスは、それを知覚した瞬間に水の剣を作りモルスの一撃をすんでのところでいなした。

(あっぶなぁ〜! 師匠と特訓してなかったら今の絶対反応出来なかったわよ!? それにしても一撃が重すぎないかしら、いなしたのにまだ手に衝撃が残ってるなんて……師匠と特訓してなかったらやばかったわね、これ)
(まさか今のを対応されてしまうとは……剣を持つという事はやはり本当らしい。さてどうしたものか……フォーロイトの相手は中々に厳しいぞ)

 胸中でそれぞれの感想を抱く中、紅獅子騎士団団長モルスの強さをよく知っている領民は誰もが唖然としていた。
 何せ強靭な肉体を持つ訳でも無い幼い王女が、モルスの一撃を初見で凌いで見せたのだから。