「遠路遥々ようこそお越しくださいました、アミレス王女殿下」
「わざわざお迎えして下さり感謝致しますわ」

 長い馬車の旅も終わり、私達はついにディジェル大公領に足を踏み入れた。
 この領地に入った時から妙な悪寒というか、嫌な予感がするのは一体どうしてなのか。もしかして風邪ひいちゃった? と不安になった程。
 たった二人だけの騎士と侍女(執事)と共に姿を見せた私に戸惑いつつも、次期大公のセレアード氏が出迎えの挨拶を述べる。

「ほら、お前達もアミレス王女殿下に挨拶しなさい」
「あ、えっと……足元も悪い中、ようこそお越しくださいました、王女殿下」
「ディジェル領領民一同、王女殿下を心よりおもてなしいたします!」

 何この可愛い子は!? 多分この子よね、レオナードの妹って…………レオナードがイケメンだから美少女なんだろうなとは思っていたけど、まさかここまでとは……! 想像以上の美少女が出てきたわよ!?

「……きゃ……っ!」

 バチッと彼女と目が合ったかと思えば、顔を両手で押さえて逸らされてしまった。しかしその指の隙間からチラチラとこちらを見ている模様。
 何だこの子は……?
 っと、それよりも私もちゃんと挨拶しなければ。

「改めまして、私《わたくし》はアミレス・ヘル・フォーロイトです。そしてこちらの二人は私《わたくし》の騎士イリオーデと侍女ルティですわ」

 二人の事を紹介すると、二人は小さくお辞儀をする。
 これはもうこの旅路で慣れた流れだ。

「ああっ、申し遅れました。私は大公の弟のセレアードと申します。こちらは我が子のレオナードとローズニカです」
「レオナードです。よろしくお願いしま……」
「ローズニカですっ、何卒、よろしくお願いします王女殿下!」

 急にぐいぐい来るわね、この子……えっと、ローズニカさん。レオナードの挨拶に被せてまで食い気味に挨拶するとは。

「短い間ではあるけれど、よろしくお願いします。それと……お久しぶりですね、公子。お元気でしたか?」
「っぇえ!? お、俺の事、覚え……て……?!」
「……? はい。勿論」

 そりゃあ前世から覚えてますからね。というか貴方の為にかれこれ一年以上計画立ててましたから。

「あ、ありがとうございます光栄です!!」

 深く腰を曲げ、レオナードは随分とまあ嬉しそうに頭を下げた。なんと言うか、城の騎士達みたいね。皇族に名前を覚えられる事ってやっぱり嬉しい事なのね、これからは積極的に皆の名前を覚えていこう。

 それにしても何でこんなに背中に物凄いプレッシャーを感じているのかしら。振り向けないから二人の顔が見えないのだけど、多分また険しい顔してるんだろうな、この感じだと。
 そして何やらローズニカさんがレオナードに「お兄様ずるい!」と詰め寄っている。
 大丈夫ですよ、ローズニカさん。貴女の名前もちゃんと覚えましたから!

「……その、えっと……」

 セレアード氏が視線を泳がせて言い淀む。

「……想定していたよりも早く、アミレス王女殿下がいらっしゃったので……実はまだおもてなしの準備が整いきっていないのです。当然っ、我々に出来る限り最上級のおもてなしをさせていただきますが………!!」

 大変申し訳ございませんと、セレアード氏が頭を下げる。私は彼に顔を上げて下さいと告げ、笑みを作って続けた。

「こうしてお出迎えしていただけただけでも私《わたくし》は十分嬉しいですから、特に問題はありませんわ」
「し、しかし……」
「元はと言えば、遅れないようにと早く来すぎてしまった私《わたくし》が悪いのですから、お気になさらないで。でもそうね……皆さんの気が少しでも軽くなるよう、一つお願いを聞いてもらってもいいかしら?」
「はっ、はい! 勿論です!」

 セレアード氏の顔がほっと緩む。なんと言うか、あんまり腹芸とか得意じゃなさそうな人だな。見るからに温厚というか、人が良さそうというか。
 私がつい早く来すぎてしまったが故に、こんな人にいらぬ心労をかけてしまったのか……申し訳ない事したなぁ。と心苦しい気持ちの中、まさに渡りに船とばかりに、私はセレアード氏にお願いする。

「──どなたか、腕の立つ方達を十人程見繕って下さいません? 長旅で少し、腕が鈍ってしまって」
「……え?」

 大公領の領主城がある中心街に到着してから三十分。なんと街の闘技場のような所を借りる事が出来てしまった。円形のステージに、それを見下ろす形で広がる観客席。まさにコロッセオのような建物だ。
 その中心部で私とイリオーデとアルベルトは待っていた。セレアード氏が腕の立つ人を連れて来るまでの間、プチ作戦会議をして。