「お、王女殿下はご無事なのですか!? いい、今すぐ医者を、いや大司教を!!」
「大丈夫ですよ、領主。私《わたくし》には毒が効きませんので。この体質を活かして様々な猛毒の特徴を身をもって体験してきたぐらいには、毒など全く効きませんから御安心を」
「え? 猛毒を体験……??」
「はい。この毒はドグマリアの根から抽出出来る猛毒で、皮膚に触れればたちまち焼け溶け、もし飲んだ日には内臓を全て溶かして内側から人を殺す猛毒ですわ。その癖無臭で、味だって少し酸味が強い程度だから本当にタチが悪いと評判ですの」
「そっ……そんなものが我々の料理に!?」
「そのようね。毒が全く効かない私《わたくし》は喉がちょっとチクッとするぐらいで済みましたけれど」

 まるで魚の骨が喉につっかえた時みたい。と主君は本当になんでもないように肩を竦める。
 主君は例え誰が作った物であろうと一切毒味をさせたりせず自分でお食べになる。それはひとえにその体質から来る毒殺の心配が無用な事に起因するのだが、しかし……まさかドグマリアの猛毒さえも全く効かない程の耐性を持つなんて。
 流石は主君だ。凄い!

「ルティ、食事もまだなのに悪いけれど犯人を捕まえて来てくれない? 出来れば動機や毒の入手経路とかも吐かせて欲しいの。貴方なら出来るでしょう?」

 主君が、俺に期待してくれている。ああ……やっぱり、主君に頼られるのは嬉しいな。

「仰せのままに、我が主君(マイ・レディ)

 左胸に手を当てて恭しくお辞儀をし、自信を笑みで表現する。
 周りからの視線などうでもいい。今の俺の最優先事項は主君の命を果たす事。手袋を外してまだ熱いスープに指先を浸し、「読み返せ、リバイバル・メモリア」と呟き魔法を発動する。
 闇魔法の一つでもある、対象の記録を読み取る魔法。これを使い、このスープを作った者または毒を盛った者を突き止める。

 この魔法で分かったのは一人のコックの男。だが、それで十分だ。スープから手を引いて、俺はその場で自身の影の中に潜った。そして厨房と思しき場所で影から飛び出し、先程突き止めた毒を盛った張本人を背後から奇襲し、その頭を床に叩きつけるついでにもう一度リバイバル・メモリアを使用する。
 それによりこの男の協力者が外部に二人、この城に残り二人いる事が分かった。ひとまずはこの男含めた三名の尋問が先だな。

「ああごめん。これ、借りるよ」
「ぐ、ぅ……あ……!?」

 突然人が現れ突然コックを襲ったからか、その場にいた者達は皆、目を白黒させていた。料理の邪魔かと思い、男の首根っこを引っ張り厨房から出る。
 とりあえず男を外に放り出し、闇魔法で適当に拘束して逃げられなくしてから残りの二人を捜しに行った。そしてあっさりと残りの二人も見つかり、ただ記録を見る事しか出来ないリバイバル・メモリアでは入手経路と動機が分からないので、尋問で吐かせようとしていたのだ。

「ほら。悪い事は言わないからさっさと吐きなよ。別にワタシはいいんだよ、君の内臓一つ一つ目の前で抉り出しても」
「っ、ひぃ……!?」
「闇の魔力って便利でさ、君の血や内臓の破片とかから擬似的な内臓を作り出せるんだ。どう? 皮と肉を裂かれ、内臓を引きちぎられて、沢山の血を溢れさせながら自分の体から内臓が抉り出される瞬間……見たい?」
「あ、あああっ……!!」

 少しだけ俺の頭の中のイメージを精神干渉で男にも見せてあげたのだが、それだけで男は見事錯乱。ようやくその我慢が失われてしまったようだ。
 男は顎を震えさせながら動機と入手経路を話した。
 その情報を手に主君の元に戻る……前に、男達に精神干渉して精神復元。廃人化した男も元通りにしてから気絶させ、適当な縄でぎちぎちに拘束して適当な廊下に放置し、俺は主君の元に戻った。
 時間にすると二十分程だろうか。情報を手に戻った俺を、主君は「お疲れ様」と優しい笑みで迎えてくださった。そして、主君に結果を報告する。

「へぇ、私の暗殺? 何それそんなの初めてじゃない! どうして毒殺なんて選んだのかしら……つまんないじゃないの。私が今日ここに泊まるって調べられるのに、私に毒が効かないってなんで知らなかったのかしら」

 流石は主君だ……暗殺と聞いて領主やその娘は怯えるだけなのに、主君は迎え撃つおつもりだったと。
 主君は勇敢さや強さも兼ね備えていらっしゃるからね、普通の女神よりも、戦女神の方が主君には合ってるな。

「それはともかく。私だけならまだしも、貴方達を巻き込んだ事は許せないし……ねぇルティ。今の時期ならどんな処刑方法が一番残酷かしら?」
「そうですね、全裸で外に放り出しても簡単には凍死せぬよう持続的な治癒魔法をかけ、魔獣の餌にでもする……というのはいかがでしょうか。長時間にわたり苦痛を与えられますし、死体の処理もいらないかと。それに、この時期ならば肉食の低級魔物がそこらに湧いてますので」
「うわぁ、本当に残酷ね。イリオーデはどう? 何か意見はある?」
「犯人達は王女殿下を殺害しようとしたのですから、その者達を殺しても殺しきれません。国家反逆罪に等しいこの行為、一族郎党全ての命で罪を償わせましょう。犯人の目の前で一人一人血縁者を惨殺すれば残酷な処刑にはなるかと愚考します」
「私から聞いといてあれだけど、貴方も大概とんでもない案出すわね。でもどっちも捨て難いなあ……」

 うーんと腕を組んで頭を悩ませる主君の姿は、お菓子屋の前でどちらにしようかと真剣に悩む子供のようで、何だかとても微笑ましいものだった。

「折衷案で、一族郎党魔獣の餌にするのはどうかしら。いいでしょう、領主? 犯人達の素性は割れたのだから、今すぐ血縁者全てをここに連行し早速処刑を実行しましょう」
「し、しかし王女殿下……確かに犯人は王女殿下の暗殺を企みましたが、いくらなんでもその処刑は惨たらしいのでは……!」

 は? 何だあいつ。何の権利があって主君の決定に異を唱えているんだ? 殺すか?

「それは、まあ。私《わたくし》もそう思わなくはないけれど……でも仕方の無い事だから。犯人が狙ったのが私《わたくし》だけならばただ首を落とすだけで良かったけれど、犯人は私《わたくし》のものにまでその毒牙を剥いたから」

 まるで、死神を前にしているかのような重圧だった。
 美しく、だけど苛烈で、残酷で、この世の何よりも愛らしく冷酷な笑みを纏う。
 その姿を見て体の奥底から沸き上がるこの感情は、腹の底から突き上げるようなこの快感は、心臓が爆ぜてしまいそうなこの動悸は、一体何なのだろうか。

「……──だから殺すわ。考えうる限り最も惨たらしい方法で、何もかもを後悔させてあげるの。私の大事なものに手を出した者には、それ相応の制裁を与えないと」

 気分が酷く高揚する。心臓が強く鼓動する。感情が熱く荒れ狂う。表情が緩く弧を描く。理性が深く心酔する。
 あぁ──。これは、きっと。
 この世の何よりも尊く美しいこの御方への、信仰《あい》そのものだろう。