手を伸ばせば、瑠璃色の月

だって、”あれ”は人の形をした怪物なんだから。


「隠れて。早く!ベッドの下!」


その時、こちらに近づいてくる足音が大きくなり、それは泥棒の耳にもようやく届いたようで。


小声で急かす私の声に我に返ったのか、彼は音も立てずに俊敏な動きで私のベッドの下に転がり込んだ。

それを合図に、私もベッドに横になって毛布を頭まで被る。

毛布を掴む両手が、真冬かと勘違いしてしまいそうな程にガタガタと震えていた。

目を瞑って、大丈夫、私は何も悪い事してない、大丈夫、と半ばお経のように唱え続ける。



けれど。


カチャリ……


神への祈りも虚しく、ドアノブが回される音が聞こえた瞬間、私の思考は一切の活動を放棄した。



後に聞いた話では、人は極度の緊張状態や恐怖状態に陥ると何も考えられなくなる事があるらしい。

つまり、私の陥った状況はまさしくそれだった。


父親のすり足がベッドの枠すれすれまで近づき、先程まで泥棒が立っていた地点で止まったのが分かる。

その瞬間に夜風が吹き、震えたままの私の身体を覆っている毛布を揺らした。


その時、ほんの一瞬だけ、脳みそが活動を再開したんだ。


私が思った事は、

…あ、窓閉め忘れた。怒られる。

たった、これだけの事だった。




「知世!」


ほら来た、始まった。

あいつの大声だけは聞きたくなかったのに。