手を伸ばせば、瑠璃色の月

ああもう、最悪だ。

呼吸音さえも、奴に気付かれてはいけない。


暗闇にぼんやりと浮かび上がる自室のドアを凝視し続ける私を見た泥棒が、何かを感じ取ったのか、動きを止めた。



そして、微かに聞こえるスッ、スッ……という足音。

1日に何度も鼓膜を震わせるその汚らしい音は、忘れようとしても忘れられない。


父親特有のすり足は、確実に、私の部屋へと向かって来ていた。



まずい。

段々と大きくなるそれを聞く度に、身体中に吐きそうな程の嫌悪感が駆け巡る。

これは、来る。


泥棒の動きを止めようと掲げていた手が震え始めたのを感じた私は、ばっと窓の方を振り返った。

そこに居るのは、先程と同じ体勢で固まる泥棒。


この家…いや、父のせいで父に対する聴覚だけは過敏になってしまったから、彼にはこの音が聞こえていないのかもしれない。

それでも、此処に泥棒が居ると知られたら、この人だけでなく私の命までもが危ういから。



「…隠れて」


反射的に口から飛び出したのは、泥棒を守る言葉だった。


「…?」


私の言葉が想定外だったのだろう、彼は海と同じ色の目を見開いてこちらを凝視している。


分かってる、これがおかしいって、私が1番よく分かってる。

でも、あいつにばれたら私も貴方もどうなってしまうか分からない。