手を伸ばせば、瑠璃色の月

でも、息子の言葉にも耳を貸さない父が喚いた瞬間、ガタン、と、誰かが何かにぶつかった音が鼓膜を震わせた。


…駄目、岳に手を出すのだけは駄目。

すくんで動かなくなる足に鞭打ち、いつもの台詞を心の中で唱える。



お母さんと弟を護る為なら、二人への被害を少しでもなくせるのなら。

私が、喜んで犠牲になるから。



「た、」


声が震える、でも言わないと。


「…ただいま、帰りました」


その一言を声にした私はリュックを床に置き、意を決してリビングへと一歩を踏み出した。




「姉ちゃん…」


リビングの中は、想像していたとおり戦場と化していた。

テーブルの位置は変わり、椅子は倒れ、母は青ざめた顔で壁際にへばりついている。

父は母の真正面に立っていて、父に突き飛ばされたらしい岳は、制服姿のままでテーブルの横にしゃがみ込んでいた。


私を呼ぶ岳の声は、”救世主が来た”と言うよりも”早く逃げろ”という強い警告の色を持ち合わせていて。

岳、と小さな声で弟の名を呼んだ私が彼の元に駆け寄ろうとしたその時だった。


「…知世」


こちらに背を向けている父の忌まわしい口が、私の名を紡いだんだ。


「っ、」


気持ち悪い、私の事を呼ばないでよ。

思わず両手で耳を塞ぎかけたけれど、すんでのところで理性を取り戻し、はい、と消え入りそうな声で返事をする。