手を伸ばせば、瑠璃色の月

結婚当初はこんな人じゃなかったのよ、と母が昔を懐かしむように言っていたのを何度か聞いた事があるけれど、私には優しい父がどんなものかなんて知らない。

母が父に敬語を使うようになったのは、果たしていつからなのだろう。


父が居る限り、この家では男尊女卑の考えが充満し続けるんだ。


ああ、足が震えて動けない。

壁に手を這わせ、何とかリビングへと歩を進めながら、私はぼんやりと美陽や朔に思いを馳せた。



二人の家族は、私の所と違って家族と仲が良い。

たまに喧嘩はすると言っていたけれど、美陽は家族との挨拶の語尾に“大好き”と付ける程に家族想いだし、朔に至っては両親の職場を頻繁に訪れて楽しんでいる。


…心の底から、二人が羨ましいよ。

だって、私達と父の間には愛と呼べる感情なんて存在していないのだから。

それに、私だったら父との挨拶の後に“消えてしまえ”と言ってしまいそうだし、彼の職場になんて恐ろしくて行けるはずもないんだ。



ふっ、と意識を現実に引き戻せば聞こえるのは、

「おい知世はどうした、知世はっ!あいつは何処で何してるんだ!」

遂に、私の不在について啖呵をきった父の怒鳴り声。


「姉ちゃんならまだ、学校に…」


優しい岳は、私にまで被害が回らないように何とかフォローをしてくれている。


「こんな遅い時間までか?有り得ねぇだろクズ!」