いつの間にか私の横にある椅子に腰掛けていた朔の不安そうな声で、私ははっと我に返った。

病院を継ぐ者として、これから数え切れない程の生命の誕生と死を見る者として、彼の言葉は他の誰のものよりも重くて真剣な響きを含んでいる。


「うーん、」


自分では体調に何の問題もないと分かっているからこそ、彼の善意が心に小さな痛みを生んだ。


その時、タイミング良く体温計が体温を測り終えた事を知らせる音を鳴らした。

脇からそれを抜き取った私は、薄い笑みを浮かべて口を開く。


「熱、ないみたい。もう授業始まっちゃうし、教室戻ろう」


結局、朔からの質問はやんわりと回避してしまった。


「いや、でもさあ」

「五時間目、何だったっけ」


私は、未だに渋る様子を見せる朔に体温計を渡し、すっくと立ってドアの方へと歩みを進めた。


早く教室に戻らないと、先生とクラスメイト、そして朔の迷惑になってしまう。


「待って、知世」


なのに、平熱を示す体温計(それ)を握りしめたまま、朔は一向に立ち上がる気配を見せない。


迷惑をかける前に、怒られる前に早く戻らないと。

…そうしないと、父の逆鱗に触れてしまう。


「あ、英語か」


一人で自問自答した私が、ドアノブに手をかけた瞬間。