壁に映るほっそりとしたそれは何かを探しているのか、音を立てないように手だけを忙しなく動かしているようにも見える。


この人は、父ではない。


直感でそう結論付けただけで、心の中に一瞬にして溜まった緊張感が一気に和らいでいくのが分かった。


それなら、部屋にいるこの人は誰なのだろう。

新たな疑問が首をもたげ、私は、亀のような遅さで身体の向きを変えて窓の方を向いた。



「…」


そうして、私の双眼が捉えたのは、

こちらに背を向け、僅かな月明かりだけを頼りにして棚の上に置かれたアクセサリーボックスを漁る、全身が黒ずくめの人だった。



これは、本当に現実なのかな。

ぱちぱちと目を瞬かせた私は、乾いた唇をそっと舐めた。


だって、その容貌からして、目の前に居る人がそもそも私の家族ではない事は一目瞭然だったから。

何が起こっているのか、自分が今何を目にしているのか、まるで理解が追いつかない。



「誰…?」


それでも、声を出してしまった。

それは小さな、蚊の鳴くようなか細いもの。

けれど、2人分の呼吸音しか聞こえないこの部屋の中で私の声は十分に響いた。


「!?」


此処には人は居ないか、もしくは私が寝ているとでも思っていたんだろう。

驚いたように動きを止めたその人は、一泊置いてゆっくりとこちらを振り返った。