手を伸ばせば、瑠璃色の月

「危ない…!」


例え悪人だろうと、生死に関わる問題は見過ごせない。

あんぐりと口を開けた私は数秒遅れて窓枠に手を乗せ、窓から顔を突き出して下を覗いた。


「っ、」


ああ、気持ち悪い。

父から言いつけられた決まりを破る自分も車酔いしているようなこの感覚も、何もかも、

あいつが居る限り、気持ち悪い。



そして、吐き気に顔を顰めた私が覗いた先の芝生には、

「…あれ、…」

誰の人影も見当たらなかった。


そのまま視界に移る全ての景色に目を向けるものの、先程の泥棒と思える人影は何処にも見つけられなくて。



「…何だったんだろう、あれ」


竜巻の如き速さで過ぎ去って行った出来事にぽかんと口を開けた私は、その場で数秒の間動きを止めた。


父が思春期真っ只中の娘の部屋に来て理不尽な言動を取った事は、紛れもない事実。

…でも、この部屋に泥棒が居たなんて、私の作り出した幻想な気もしてくる。


だって、よく考えれば、この高級住宅街に泥棒が忍び込めるはずがないのだから。

私の目が映す景色にあの男性の姿が無い事が、何よりの証拠。


「夢、だったのかな」


人の脳みそを混同させてしまうなんて、何てタチの悪い夢なんだろうか。


はあっ、と息を吐いた私は、自ら開けた覚えのない窓を閉めてベッドに横になった。