そして、両手を頬に添えて表情筋をほぐした私は笑顔でソファーから立ち上がり、ハンガーを取ろうと父の横をすり抜けた。

蓮弥さんの前ではあんなに笑顔になれたのに、岳と話している時は自然体でいられたのに、父の前だとどうも上手くいかない。


…でも、父の機嫌を損ねさせないためには、無くなった感情を無理やりにでも作り出さなければいけなかった。


息もするのも苦しい程の重い空気に纏わり付かれながら、私達は今日も今日とて笑顔という名の仮面を付ける。




「「いただきます」」


1時間程経ち、ようやく夕飯の時間になった。


私達に課せられたミッションは、ただひとつ。

父に余計な事を喋らせないように神経を使いつつ、いかに早く夕飯を食べ切るか。


ご飯を食べる際の私達の立ち位置は既に決まっている。

汚らしい咀嚼音を響かせながらご飯を食べる父を前にしても顔色一つ変えない母は、味や献立に対する悪口を謝りながらも聞き流す。

この家で唯一父に敬語を使わない事、それなりに甘える事も許されている岳は父の機嫌を良くするように努め、

私は、父の家族や会社に対する愚痴に耳を傾け、ただひたすらに父を立てるんだ。


正直、私にとって夕飯の時間ほど苦痛なものはなかった。

母がせっかく作ってくれた食べ物の味はもう分からないし、頭の中ではこの場から逃げる事しか考えていない。