でも一方通行とはいえ、美織が初めて愛した人との間に授かった赤ちゃん。病院で確定診断をされたときに強烈に芽生えた母性は、すでに消せないくらいに大きくなっていた。

ひとりで産んで育てると、大きな決断を下したのは必然だったように思う。

大企業の御曹司であれば、美織を探すことなど造作もないかもしれない。しばらくは祖父母のもとにも身を寄せず、人知れず民宿でひっそりと過ごした。
そもそも史哉にとって美織は遊び。別れる手間が省けたくらいにしか考えないのはわかっていたが、万一を想定したためだ。

結局、彼は工房には現れなかった。

つまりそれは遊びを裏づけるなによりの証拠である。もしかしたら工房を探し出して追ってくるかもしれないと、どこかで期待していた自分の浅ましさが嫌だった。

――パリーン!

唐突に響いた破裂音で我に返る。
吹き竿に巻きつけていたガラスが垂れ落ちて割れた音だった。


「美織、どうした。さっきから心ここにあらずだな」
「ごめん。すぐに片づけるね」


ほうきとちり取りを持ってきた辰雄を制して受け取る。