この世に産まれてこなければいい命なんてない。
ひとりで産み、育てる未来に不安がまったくなかったと言えば嘘になる。

でも、そんな杞憂が、跡形もなく消え去っていく。

やわらかな日差しが徐々に威力を増し、頬をくすぐる風に夏の香りがほんのり混じる頃、二十四歳の夏川(なつかわ)美織(みおり)は小さくて大切な存在と対面を果たした。


「初めまして」


口にした声が、か細く震える。

太陽のように、自分も周りも明るく照らす。そんな人になってほしいと美織が陽向(ひなた)と名づけた息子は、大きな産声を上げてこの世に誕生した。

この子はなにがあっても生涯をかけて守っていく。

強い決意とともに美織が手を伸ばすと、陽向はその指をぎゅっと握り返した。