「はーい! 雅人さん、これ食べて!」
「はい、いただきます。ありがとうございます」

 私は、一ノ瀬さんと一緒に、静岡にある私の実家に帰省している。母はいつの間にか一ノ瀬さんと連絡を取り合っていたようで、とても馴れ馴れしい。

「それにしても、いつ二人は連絡先交換してたの」
「珠希の家が火事になった直後かしらね? 珠希ったら何も連絡してこないんだもの。雅人さんに聞いてびっくりしちゃった」

『雅人さん』と、なんの躊躇いもなく母が呼ぶのが気に食わない。

 父が亡くなって、静岡にある母の実家に引っ越してから、母は一ノ瀬さんのレストランにお礼状を送っていたらしい。
 その手紙を大事にしまっていた一ノ瀬さんは、記載の住所に自分の連絡先を書いて送ったのだそう。

「大事な娘さんを預かるんだ。ご挨拶しなくちゃと思ってね。でもこうして直接伺うことができてよかったです」
「本当にお世話になって。ありがとうございました」
「いえ。下心あっての行動でしたから」

 一ノ瀬さんの甘い視線を感じて、かぁっと顔が熱くなった。

 曽根課長に遭遇したあの日。母は、『珠希(わたし)から変な電話があった』と一ノ瀬さんに連絡し、一ノ瀬さんは私の元に駆けつけてくれたのだった。

「三上さん、私は旦那様とお嬢様と三人でレストランにお越しいただいた日のことを、ずっと宝物にして生きてきました」

「有難いわ。私たちにとっても、あの日は……、うん、幸せな日だったわよね」

「うん……」

 お母さんが涙ぐむのを見て、釣られて鼻の奥がツンとする。

「珠希さんにお会いした日、あの時のお嬢さんだと気づいて……。あの日のお礼がしたいと思っていただけだったのですが、珠希さんの可愛らしい姿に惹かれて、今後の一生を彼女に捧げたいと思うようになりました」
「まぁ!」
「どうか、珠希さんと結婚させていただけませんか?」

「ええ! もちろん! お父さん、珠希が結婚するって!」

 仏壇にある父の写真に向かって、お母さんが泣き笑い。私ももらい泣きした。嬉しい。

 お母さんも私たちと一緒に住んだらどうかと提案したが、住み慣れた実家でこのまま暮らしたいといった。
 叔母さん一家も近くに住んでいるし、お母さんの希望を飲む形になった。