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「あなたが社長の飼い猫?」

 カフェに現れた、突然のお客様。この間、一ノ瀬さんと一緒に来店された、美人な秘書さんだった。咄嗟に何も答えられない私に、さっと名刺を差し出す。

「一ノ瀬社長の秘書をしております、鈴木真里亜(すずきまりあ)と申します」
「頂戴します……私、名刺が無くて……えっと」
「タマちゃん、でしょう」
「?!」

 真里亜さんは一ノ瀬さんから、「猫を拾った」だとか「猫を飼っている」と告げられていたそう。時々持ち帰っていたペットグッズは、それを信じた真理亜さんが差し入れたものだということが判明した。

「てっきり本当に猫を飼っているのだと思っていました。だから最近は、出張も残業も接待も減らして、真っ直ぐご自宅に帰られるのだと」
「す、すみません……」

 一ノ瀬コーポレーションの社長なのに、いつも早く帰宅するのは確かに不思議だった。相当無理をさせていたのだと知る。真理亜さんはキッと私を睨みつけた。

「社長は昔から、困っている人を放っておけない方なんです。タマさんは、ストーカーに狙われて家も職も失って、大変なのは分かりますが、変なことに巻きこんで社長に迷惑をかけないようにしていただけますか」

 真理亜さんの言葉にスッと背筋が凍る。

「……ストーカー?」
「一ノ瀬グループのフレンチにいらした際に、ストーカーの男が貴女を狙っていたから保護したと聞きました。退職に追い込んで、火事を起こしたのもそのストーカーかもしれないって……ご存知なかったの?」

 知らない情報がたくさん出てきて、混乱した。私を狙うストーカー? レストランに行ったあの火事の日、私を尾けていた? 退職に追い込んだのは────

「とにかく、警察沙汰になりそうなことに、社長が首を突っ込むのは避けていただきたいの。社長の優しさにつけ込むのは程々にしてください」
「……わかり、ました……」

 真理亜さんはそう言い残して店を去った。買い出しに出ていた佐藤店長が戻ってきた時には、なんとか作り笑いをして誤魔化したが、内心は不安でいっぱいだった。