「お、お家賃は……」
「自分の猫に家賃を払わせるわけないよ」
「た、タダで住まわせてもらうのは申し訳ないです! せめて、何か、……家事はさせてください!」

 一ノ瀬さんは、少し考えた後、「じゃあ、僕に手料理を作ってくれる?」と言った。

「手料理、ですか?」
「うん。普通の家庭の、おうちごはんが食べたい」
「手の込んだものは作れませんが、お料理なら」

 料理は昔から大好きだ。働く母の助けになればと思い始めたが、思いの外楽しくてハマってしまった。それ以来、一人暮らしを始めてもなるべく自炊してきた。
 レストラン経営している一ノ瀬さんの舌に見合うものが作れるのかは分からないが。

「決まり。それじゃ、今日はタマちゃんの必需品を買おう」
「でしたらまずは銀行に……」
「飼い主なんだから何でも買ってあげるよ」
「そんな! 出会ったばかりの一ノ瀬さんに、そこまで甘えられません!」
「猫ちゃんを拾ったらその日から完璧にお世話しないとでしょ?」
「猫……」

 どこまでも続く猫設定に戸惑う。どういうつもりなのか全く分からない。

「一ノ瀬さん! 私、一応、成人女性なんです! だから、奥様とか恋人とか、大切な方がいたら誤解しちゃいませんか!?」
「僕は独身だし、恋人はタマちゃんだよ。他のペットも居ないから安心してね」

 一ノ瀬さんは、にこやかに答えてくれたが、恋人になった覚えも、猫になった覚えもありません!

 そして結局、私が思い描いた「買い物」ではなく、家に店員さんがやってきて、下着から普段着、パジャマに化粧品、アクセサリーまで持ってきてもらい、それを買う……という、お金持ちのショッピング方法で必需品を揃えた。
 一つ一つの値段は、怖くて確認していない。昨夜のホテル代といい、一ノ瀬さんに、いつ返せるだろう……。火事で保険金いくら貰えるのかな……。

 飼い猫として優雅なお屋敷生活が始まった、その夜。

 どの部屋でも自由に使っていいと言われ、二階の一番小さな部屋に、購入してもらったものを収納していた時、リビングの方で声がした。恐る恐る一階に降りる。すると、満面の笑みで大荷物を抱えた一ノ瀬さんがいた。

「タマちゃーん、ただいまー!」
「一ノ瀬さん!?」
「今日から僕もこの家に住むから、よろしく」
「えぇ!?」

 なんと一ノ瀬さんもこの家に越してきてしまったのだ。
 こうしてまさかの二人暮らしが始まったのだった。