少しずつ夏の暑さも和らぎ、夜風が涼しくなってきた頃。空にはもうすぐ丸くなるであろう月が登り、その明かりに負けないくらい光り輝くビル群。

 三十階からの景色は、とても(きら)びやかだ。

 さっきまで(すす)まみれだったはずなのに、今は綺麗なワンピースを着ている。夜景の見えるフレンチレストランでディナーをした後は、ホテルのバーで乾杯して。

 まるで魔法をかけてもらったみたい。

 目の前には、極上のイケメン。
 今日初めて出会った彼は、私の状況を聞いて何やら思案している。その悩ましげな顔でさえ、魅力的に見えるから不思議だ。

「ねぇ」

 ディナーをしていた時は、まだ敬語だったはずなのに、彼は気安く話し始めている。

「タマちゃんって呼んでもいいかな?」

 私の名前が珠希(たまき)というので、そのあだ名は間違ってはいない。だが、今日が初対面の男性に呼ばれるのは、なんだかくすぐったい。
 
 私が照れつつも頷くと、嬉しそうに笑う。あぁ、その笑顔も素敵……と、うっとりしていたら、彼は突拍子もないことを言い出した。

「じゃあ、僕が、タマちゃんを飼うのはどうかな」

「か、買う!?」

「うん。タマちゃんって、なんだか猫みたいだから、飼いたいなって」

 『買う』ではなく、犬や猫を『飼う』という意味か。

 いや、どちらにしても意味がわかりません!

 彼の背に輝く夜景。それに負けないくらい、キラキラとした微笑みにクラクラする。目の保養になるくらいのイケメンになら飼われても……ってそんなわけない!

 大体、人間が人間を飼うとは? どういうことなの? 疑問が次々と頭の中で浮かんでいく。

「あの、それは、どういう……?」

「うん? だからね、タマちゃんを僕の猫にしたい。僕の家に来ない?」

 やっぱり、全く意味が分かりません!