二日ほどして、赤ちゃんも安定したので、由香ちゃんの歓迎会を開く事にした。
 でも、俺も由香ちゃんも血液を提供する関係上、お酒は飲めない。
 ちょっと残念。
 
 せめて食事は美味しい物にしたいので、ふぐ料理屋を選んだ。
 
 小ぶりのお座敷にみんながそろったのを確認し、乾杯である。
「Hey Guys! Yuka-chan officially join us! (由香ちゃんが入社する事になりました!)」
「カンパーイ!」「Cheers!」「カンパーイ!」「Cheers!」「Cheers!」「Cheers!」
 俺はジンジャーエールで、由香ちゃんのグラスにカチンと合わせる。
「これからよろしくね、期待してるよ!」
「お役に立てるかドキドキなんです……。でも、頑張ります!」
 いい笑顔だ。
 美奈ちゃんが、ビールのジョッキをぶつけながら言う。
「せんぱーい、もう逃げられませんよ!」
「大丈夫! もう、決めたの!」
 由香ちゃんは力強く言い切る。
「もし、警察にバレたら、『社長にやれと言われたんですぅ』と、言うのよ」
「え!? そんなのいいの?」
「そうよ、『私たちはただの顔採用なんですぅ』って言えばいいのよ」
 美奈ちゃんはニヤッと笑いながら悪い事を言う。
「ちょっと待って、うちは顔採用なんてやってないぞ」
 あんまりなので俺が突っ込む。
「あら? 私たちの美貌にケチ付ける気?」
 美奈ちゃんは鋭い目をして俺をにらむ。
「いや、そのぅ……綺麗な事は認めるけど……」
 美奈ちゃんの鋭い視線に気おされる俺。
「よろしい! で、どっちがタイプなの?」
 そう言って美奈ちゃんは、由香ちゃんの肩を抱き寄せて、並んでこっちを見る。
 慌てて由香ちゃんが、顔を真っ赤にして美奈ちゃんに抗議する。
「いきなり何、聞いてるのよ!?」
「そ、そうだよ。それ公言したらセクハラだよ」
 俺もいきなりの展開に焦って非難する。
「セクハラ、セクハラうるさいわね! 私がいいって言ってるんだから言いなさいよ!」
 美奈ちゃんは、座った目で俺をビシッと指さす。まだそんなに酔ってないはずだが、困った姫様である。
 さて、どう答えたものか……。
 俺は大きく息を吐き、
「俺はね、『愛の秘密』を解いた人がタイプなんだ」
 そう言ってニヤッと笑った。
「何、パクってんのよ~!」
 美奈ちゃんはおしぼりを俺に向かって投げつけてくる。
「うわぁ、危ない! 暴力反対!」
 おしぼりは俺をかすめて壁にベシャっと当たる。
 無理難題押し付けて、悪い姫様だ。
「『愛の秘密』……って何ですか?」
 由香ちゃんがポカンとした顔で聞いてくる。
「それは愛の専門家、美奈ちゃんに聞いて」
 丸投げである。
 美奈ちゃんは俺をギロっと(にら)むと、由香ちゃんの耳元で何かひそひそと話す。
 すると、由香ちゃんは何か得心がいった様子で、少し赤くなり、優しい笑顔で俺を見つめた。
 由香ちゃんにも分かるようだ……、分からないのは俺だけ? やはり俺には何かが欠けてるのかもしれない。ちょっとブルーになった。
 
 格子戸が開き、店員が入ってくる。
「てっさでございます」
 そう言いながら、ふぐの刺身をテーブルに置いた。
 大きな皿に、薄い刺身が綺麗に並べられて、まるで大きな花の様だ。
「Oh! サシミ!」
 マーカスが感激して叫び声をあげる。
「Sashimi!」「Sashimi!」「Sashimi!」
 お前らうるさいよ。
「こんな立派なてっさ、初めてですぅ」
 由香ちゃんがウットリとしている。
「いただき!」
 美奈ちゃんは一気に五、六枚取っていく。
 プリップリの ふぐをポン酢につけて一気食いである
「う~~~、うま~~~!!」
 感動で綺麗な顔がクシャクシャになった。
「美奈ちゃんズル~い!」
 由香ちゃんがあきれて非難する。
「そうだぞ! 一度に取っていいのは三枚まで!」
 と、俺が仕切ろうとすると、マーカス達が十枚くらいずつ持っていく。
「あ~、おまえら!!」
 ダメだ、制止するより取った方がいい。
「由香ちゃんもどんどん取って!」
「はい!」
 クリスはそんな様子を、楽しそうに眺めている。
「クリスも早く取って! 無くなっちゃうよ!」
「…。そうだな、少しいただくか……」
 そして、大皿一杯のてっさは、一瞬でなくなってしまった。
 何なんだお前らは!
「うふふ、楽しい会社ですねぇ」
 由香ちゃんは楽しそうである。
 主役の彼女が楽しければ、まぁいいのかもしれないが……。
 美奈ちゃんが声をかける。
「折角だから、誰か呼んであげようか?」
「え? 呼ぶって?」
「もう亡くなっちゃった人で、話したい人居ない?」
「え!? 死んだ人を呼べるの?」
 目を大きく見開く由香ちゃん。
「そうそう、呼べるのよ~」
 ドヤ顔の美奈ちゃんだが、呼ぶのは君じゃない、クリスじゃないか。
 由香ちゃんは小首をかしげ、人差し指を(ほほ)にあてながら、
「うーん、呼べるなら……織田信長かな?」
 と、凄いことを言い出した。
「え――――!? なんで?」
 思わず天を仰ぐ美奈ちゃん。
「なんで、って、興味ない?」
「無いわよ! 女子大生が興味ある様な人じゃないわ!」
「でも、話したいの!」
 由香ちゃんの決意は固そうだ。『歴女』と言うのだろうか、最近話題の歴史オタクの女子。
「じゃぁ……クリス、織田信長呼べる?」
 美奈ちゃんは恐る恐るクリスに聞く。
「…。昔の人は……ちょっと大変ですね。でもお祝いですし、頑張って呼んでみましょう」
 クリスは美奈ちゃんの手を取って、目を瞑る。
 美奈ちゃんがトランス状態に入った――――
 しばらくして、美奈ちゃんが目を開いた。
 美奈ちゃんはゆっくりと部屋の様子を見ると
「なんじゃ、お前らは!」
 太い声を上げて、いきなり怒り出した。
「織田信長……さんですか?」
 由香ちゃんが恐る恐る聞く。
「ワシの眠りを邪魔したのはおぬしか!」
 なんだかすごい怒ってる。
「あ、初めまして、私、宮田由香と申します。ぜひ、お話しをしたくてですね……」
 必死に話しかける由香ちゃんだったが……
「お話しじゃと? 小娘の遊びで気軽に呼ぶでないわ!!」
「あ、いや、遊びというわけでは……」
「不愉快じゃ! 帰る!」
 そう言って、美奈ちゃんはがっくりとうなだれた。
「あぁ……」
 由香ちゃんは肩を落とし、すっかりしょげてしまった。
 憧れの人が目の前に来たのに、怒られてしまったのはショックだろう。
 相手にも話したい意向が無いと、上手く会話にならないようだ。
「…。相手が悪かったようですね。他の人にしましょうか?」
 クリスが優しく声をかけるが……
「……。」
 由香ちゃんは、返事もできずうなだれたままだ。
 
「ふぐのから揚げでございます」
 店員が次の皿を持ってきた。
 一人五個ずつ盛られたから揚げが配られ、皆、無言で貪り始めた。
 ジューシーでうまみが凝縮されたふぐのから揚げは、会話を忘れてしまうほど美味い。
 由香ちゃんも無言でゆっくり、から揚げを味わう。
 俺も、骨付きのから揚げの肉を剥がしながら考えたが、呼び出す人は結構難しい。ばぁちゃんを呼び出そうかと思った事もあるが、今更何を話したらいいのか分からない。
 何か思いついた由香ちゃんが、顔を上げてクリスに聞く。
「死んだ人じゃなくて、未来の自分と話したり出来ますか?」
 俺は思わず横から言った。
「何言ってんの! 無理に決まって……」
 しかし、クリスは、
「…。できますよ」
 と、事も無げに言った。
「え――――!?」
 俺は驚きを禁じ得なかった。なぜそんな事が出来るのか?
 改めて神様のすさまじい能力に、唖然(あぜん)とさせられた。
「そしたら、死ぬ直前の私を出してください!」
 由香ちゃんが祈る仕草で、目を輝かせて言う。
 死ぬ前の自分と何を話すのだろう?
 全くよく分からない彼女の発想に、俺は困惑していた。
 美奈ちゃんは、
「先輩、すごいチャレンジャーですね! 私だったら無理だわ~」と、言って笑う。
 離れたところで話を聞いていたマーカスも、目を輝かせながらやってきた。
「Oh! クリス スゴイネ! キョウミシンシン!!」
 美奈ちゃんは 
「じゃ、先輩行きますよ~」と、いいながらクリスと手を繋ぐ。
 やがてうなだれて……そして目を開いた――――
「……。うふふ……。この時を……待ってたわ」
 心なしか、しわがれた声で美奈ちゃんは口を開いた。
 そして周りを見渡して、
「あはは、みんなそろってるわ、そう、そうだったわ~」
 と、とても上機嫌である。
 
 由香ちゃんが聞く、
「あなたは私ですか?」
 美奈ちゃんは、由香ちゃんをじーっと見て、
「そうよ、あなたの時からず――――っと長い、なが――――い戦いを経た後のわ・た・し」
 人差し指を揺らしながら言う。
「私の人生はどうでしたか?」
「ふふっ、最高だったわ~。本当に……。もちろん、あの時はこうしとけば良かったとか、いっぱいあるわよ、でも、今はそういう失敗ひっくるめて、満足してるのよ」
 そう言って幸せそうに目を細めた。
「良かった! 何かアドバイスありますか?」
「アドバイス? うーん、これ、言っちゃっていいのかな……」
「え? 何でも言ってくださいよ!」
 必死な由香ちゃん。確かに未来の自分からのアドバイスは最高に欲しい。
「すごくすごく言いたいんだけど……。私の時も教えてくれなかったからな。まぁ、お楽しみって事で」
 未来の由香ちゃんは、そう言ってニヤッと笑った。
「え――――! ヒント、ヒントだけお願いします!」
 未来の由香ちゃんは少し考え込むと……
「このメンバーの中にヤバい人がいるわ、本当にヤバいの。でも……おっといけない」
「え? クリスの事じゃなくて?」
「ふふふ、ひ・み・つ!」
 そう言って人差し指を口の前で振った。
「え~~っ!」
 由香ちゃんは可愛い顔を(ゆが)めながら、不満をあらわにする。
「そうそう、追い込まれたら、クリスの言葉を一字一句しっかりと考えるといいわ」
「そんな事があるの!?」
「最高の瞬間は、最悪の危機の顔をして現れるのよ」
 そう言って未来の由香ちゃんは、本当にうれしそうに笑った。
「えっ!? えっ!?」
 最高なのか最悪なのかわからない事を言われ、混乱を隠せない由香ちゃん。
 そんな様子をちょっと意地悪な表情で観察して、ニヤッと笑うと彼女は、脇に避けてあったフグのひれ酒のコップを取り、軽くキュッと飲んだ。
「くぅ~~、若い子の体で飲むお酒は美味いわぁ」
 そう言って満足げに笑った。
 そして、一転寂しそうな顔をすると、
「ふふっ、そろそろ行かなきゃ」
 そう言って由香ちゃんを愛おしそうに見つめた。
「え、まって!」
 必死に引き留める由香ちゃんを彼女はじっと見つめ、目を瞑り、そして大きくうなずくと、
「Good luck!」
 そう言ってウインクをした――――
 ガックリとうなだれる美奈ちゃん。
 静けさが広がる。
 
 由香ちゃんは、宙をぼーっと眺めたまま動かなくなった。言われた言葉の意味を、一生懸命反芻(はんすう)しているようだ。
 
「ヤバい人って誰だろう?」
 俺はそう言ってクリスを見た。
「…。おかしいな……。そんな事言うはずないんだが……」
 クリスも不思議がっている。
 
「はい、てっちりです。鍋、ここ置かしてもらいますね~」
 店員がコンロに大きな鍋を置いて、火をつけた。
 
「未来の人から話聞いちゃうと、因果律が狂うから駄目なんじゃないかな?」
 俺はジンジャーエールを飲みながら、クリスに聞いた。
 
「…。確かにちょっとやり過ぎだった。今後は止めようと思う」
 そう言ってクリスは、ジョッキのビールをぐっと空けた。
 一瞬、俺も未来の自分の話を聞いてみたくなったが、因果律をゆがめて悪影響が出るリスクを考えると、止めておいた方が賢明のようだ。
 
 てっちりをつつきながら、未来の由香ちゃんの言った事を思い出す。
 『ヤバい人』って誰だ……?
 日本側はただの一般人だから、エンジニアチームの誰かか?
 でも、『ヤバい』というだけで、悪人という訳でもないのだろう。裏切者が居たとしたら『ヤバい』とは言わないと思うが……。いや、言う可能性は捨てきれない。
 とは言え、由香ちゃんの人生は最高だったわけだから、深層守護者計画も、ポジティブに推移したと考える方が自然……のようにも思うが……、後悔や失敗があるって言ってたから、そうとも言い切れない。
 
 結局、何も分からないじゃないか!
 
 未来の由香ちゃんは、モヤモヤだけを残して去って行った。