私の実家であるひぐれ屋は、部屋の一部が登録有形文化財に指定されている、歴史ある宿だ。都内でありながら天然温泉が湧き出ていて、その珍しさや建物の美しさから、昔はかなり尊重されていたらしい。

 この旅館を建てた先祖は旧大名家の出身だったらしく、暮泉家は裕福だった。私も幼稚園から大学までエスカレーター式の学校に通っていて、周りも政治家や資産家の子供ばかり。

 許嫁という存在がいたのも、私がお嬢様と呼ばれる家庭環境だったからに他ならない。

 同じ学校に通っていたエツもまた、御曹司と呼ばれる立場だ。石動家は旧華族であり、現在は大手日系ホテルグループを一族で経営している。

 同業者ということもあり、石動家と暮泉家は昔から交流があった。エツには三歳年上の兄がいて、彼も別の一族の娘と結婚することが決まっていたため、私たちが許嫁に選ばれたわけだ。

 ちなみに、私には年が離れた弟がいる。現在大学生の彼は特に許嫁などはおらず、旅館を継ぐのかもわからないくらい自由に生きていて、羨ましい限りだ。

 エツとは、私が幼稚園生から小学校一年生くらいまではよく遊んでいた記憶がある。

 両親に連れられてエツの家に行ってゲームをしたり、逆に私の家では、彼が文句を言いながらもおままごとに付き合ってくれたりした。