キィィィ――――ン!

 甲高い音が響き、ゆっくりとエンジンに火が入る。



『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』

 スピーカーも復活し、スカイパトロールからの警告が響く。

「しつこいのう……」

 レヴィアは画面を操作して救難信号を発した。

『システムトラブル発生。救難を申請します。システムトラブル発生。救難を申請します』

 スピーカーから無機質な声が流れる。



「まずは遭難を装うのが基本じゃな。そしてこうじゃ!」

 レヴィアは舵を操作して、海王星に真っ逆さまに落ちて行くルートをとった。

 通常、大気圏突入時には浅い角度で徐々に速度を落としながら降りていく。急角度で突入した場合、燃え尽きてしまうからだ。しかし、レヴィアの選んだルートは燃え尽きるルート、まさに自殺行為だった。

 俺は焦って、

「レヴィア様、それ、危険じゃないですか?」

 と、聞いた。

「スカイパトロールから逃げきるにはこのルートしかない。奴らは追ってこれまい」

「そりゃ、こんな自殺行為、追ってこられませんが……、この船持つんですか?」

「持つ訳なかろう。壊れる前に減速はせねばならん」

 俺は思わず天を仰いだ。次から次へと起こる命がけの綱渡りに頭が痛くなる。



 操縦パネルの隣には立体レーダーがあり、スカイパトロールの位置が表示されている。俺は横からそれをじっと見つめた……。彼らも燃え尽きルートを追いかけてきているようだ。



「追いかけてきますよ」

「しつこい奴らじゃ……」



 ヴィーン! ヴィーン!

 いきなり警報が鳴った。

『設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください。設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください』

「うるさいのう……。そんなの分かっとるんじゃ!」

 シャトルの前方全体が赤く光りだした。ものすごい速度で空気にぶつかっているので、断熱圧縮でどんどん温度が上がってしまっている。まさに流星状態である。



 シャトルが燃え上がるのが先か、スカイパトロールが諦めるのが先か……。

 俺はただ、祈ることしかできなかった。

 船内にはゴォォォーという恐ろしい轟音が響き、焦げ臭いにおいが(ただよ)い始める。



「奴らもヤバいはずなんじゃが……」

 レヴィアは眉間(みけん)にしわを寄せながら立体レーダーをにらむ。



 ボン!

 シャトルの右翼の先端が爆発し、シャトルが大きく揺れた。操縦パネルに大きく赤く『WARNING』の表示が点滅する。

「レヴィア様、ここは減速しましょう!」

 俺は真っ青になって言う。死んでしまったら元も子もないのだ。しかし、レヴィアは、

「黙っとれ! ここが勝負どころじゃ!」

 と、叫び、パネルの温度表示をにらむ。

 どんどん上がっていく温度……。

 俺は冷や汗が噴き出してきて止まらない。一度死んで生まれ変わったこの人生。今死んだらどうなるのだろうか? また美奈先輩の所へ行けるのだろうか? 行けたとしてまた生まれ変わらせてくれるのだろうか? 確か『一回だけ』と、言われていたような……。

 いや、これは俺だけの問題じゃない。ドロシーもアンジューのみんなの問題でもあるのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 俺は必死に祈った。それこそ、全力で祈った。



 その時だった。

「ヨシッ!」

 レヴィアはエンジンに最大の逆噴射をかける。激しいGがかかり、シートベルトが俺の身体に食い込む。

 見ると、レーダー上でスカイパトロールが進路を変更していく。

 

 次の瞬間、ボシュッと音がして目の前が真っ白になった。どうやら高層雲に突っ込んだようだ。

 しかし温度はなかなか下がらない。



 ボン!

 今度は左翼の先端が爆発し、シャトルはきりもみ状態に陥った。

 グルグルと回る視界の中、俺は叫ぶ。

「レヴィア様ぁ!」

「うるさい、黙っとれ!」

 グルグルと回転する中、シャトルの制御を取り戻すべくレヴィアは必死に舵を操作する。

 真っ白な雲の中、グルグル回りながら俺は孤児院での暮らしを思い出していた。走馬灯という奴かもしれない。薬草を集め、ドロシーと一緒に剣を研いでいたあの頃……。楽しかったなぁ……。まさか海王星でこんな目に遭うなんて想像もできなかった。



 俺の人生は正解だったのか?



 グルグル回る視野の中、俺は悩む。

 チートで好き放題したことも、ドロシーと結婚したことも、奪還しに行ったことも正しかったのだろうか……?

 自分が選び取った未来ではあったが、多くの人に迷惑をかけてしまったかもしれない。俺が余計なことをしたから、こんなことになってしまっているのかも……。どうしよう……。



 俺が頭を抱えていると徐々に回転が収まってきた。



「ヨッシャー!」

 レヴィアが叫ぶ。



 やがて回転は止まり、見れば、温度も速度も徐々に落ちている。

 そして、ボシュッと音がして俺たちは雲を抜けた。



 いきなり目の前に(あお)い水平線が広がる。

「おぉ……」

 俺はどこまでも広がる広大な海王星の世界に圧倒された。



 もう邪魔する者はいない。俺はレヴィアの奮闘に心から感謝をした。



 よく考えたらこの事態は俺のせいだけではない。世界に溜まっていた(ひず)みが俺という存在を切っ掛けに一気に顕在(けんざい)化しただけなのだ。

 悩む事など無い。ここまで来たらこの(ほころ)んでしまった世界を正す以外ない。俺の選択が正しかったかどうかは次の一手で決まる。ヌチ・ギを倒すためにはるばる来た海王星。何が何でも正解をつかみ取ってやるのだ。

 俺はどこまでも澄んだ(あお)の美しさに見ほれながら、こぶしをギュッと握った。



















5-7. 頑張らなくっちゃ!



 宮崎の火山の火口脇の洞窟で、ドロシーは一人寂しく二人の帰りを待っていた。神殿は静まり返り、繊細な彫刻が施された薄暗い壁を、画面の青い光りがほのかに照らしている。

 二人はこの世界を作っているコンピューターとやらを壊しに、海王星なるところへ行くと言っていた。そこでヌチ・ギを倒すと……。でも……、身体はポッドの中にある。いったい彼らはどうやって海王星へ行って、そこで何をやっているのだろうか……。

 空間を切り裂いたり不可思議な力を行使するドラゴン。そして、そのドラゴンの言う意味不明な事をよく理解しているユータ。二人ともなんだか別世界の住人の様にすら思える。

「帰ってきたら全部教えてもらうんだから……」

 ドロシーはテーブルに頬杖をつき、ちょっとふくれた。



 ピチョン……、ピチョン……

 どこか遠くでかすかに水滴の落ちる音がする。

 洞窟に作られた秘密の神殿。前に一度だけリリアン王女と一緒に連れてこられた思い出の神殿だ。こんな形で再訪するとは夢にも思わなかった。



 ドロシーはテーブルに突っ伏し、今日あった事を思い出す。自分が(さら)われ、ユータ、アバドン、レヴィアに助けてもらうも戦乙女(ヴァルキュリ)との戦闘となり、劣勢。ヌチ・ギは世界を火の海にすると言う……。

 何だか夢の中の話のようだが、現実なのだ。今、ここがこの世界の人々の命運を決める前線基地であり、唯一対抗できる二人の身体を守りきることがカギとなっている。そしてそれを託されたのが自分……。

 まさか孤児上がりの18歳の自分が、世界の命運を握るような大役を担うなんて全く想像もしていなかった。自分は食べていければいい、愛する人と一緒に暮らせればいいとしか思ってこなかった。

 しかし、世界はそんな傍観者的位置を許さず、自分を最前線の大役に置いた。それはユータとの結婚を望んだ結果であり、ある程度覚悟はしていたものの……、想定をはるかに上回る重責だった。

「ふぅ……、ビックリしちゃうわよね……」

 ドロシーはボソっとつぶやく。



 しかし、守れと言われてもヌチ・ギらの異常な攻撃力、不思議な技は非力な自分ではどうしようもない。もちろんこの神殿にはいろんな防護機構がついているのだろうが、いつまでも耐えられるとは思えない。

 レヴィアにもらったのは噴火ボタンだけ。しかし、こんなボタン本当に使えるのだろうか? 火の海になるって言っても、彼らがそれで躊躇(ちゅうちょ)するとも思えない。噴火を直撃させたら効きそうではあるけれども、彼らが火口に来て、かつ異変を感じても動かない、そんな都合のいい状況なんてどうやって作るのか?



 ドロシーはむくりと起き上がるとパシパシと両手で頬を打った。

「私しかいないんだから頑張らなくっちゃ!」

 そして腕組みをして銀髪を揺らし一生懸命考える。世界のため、そして愛するユータのため……。



 その時だった、



 ズン! ズガーン!

「キャ――――!」

 激しく地面が揺れ、ドロシーは悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちないように必死に踏ん張る。



「ドラゴーン! 出てこい! そこにいるのは分かってんだ!」

 火口の外輪山の(いただき)の上で誰かが叫んでいる。

 画面の映像が自動的に拡大されていく……、ヌチ・ギだ。後ろには五人の戦乙女(ヴァルキュリ)を従えている。



 やはり来てしまった。

 いよいよ、この世界を(まも)れるかどうかの重大局面がやってきたのだ。

 ドロシーは頭を抱え、震えた。

「どうしよう……」

 しかし、自分しかいないのだ。自分がなんとかしないとならない。

「おい! 無視するなら火山ごと吹き飛ばすぞ! ロリババア!」

 ヌチ・ギの無情な罵声が響き渡る。



 ドロシーは大きく息をつくと覚悟を決めた。























5-8. わかりますか? 絶対です



「あら、ヌチ・ギさん。美女さんをたくさん引き連れてどうしたんですか?」

 火口の上にドロシーの上半身がホログラムで表示され、声が響いた。



「おい、娘! お前に用なんかないんだ! さっさとドラゴンを出せ!」

「ん――――、ドラゴン……ですか? どちら様ですかねぇ?」

 ドロシーは冷静を装い、必死に時間稼ぎをする。



「何をとぼけてるんだ! レヴィアだ! レヴィアを出せ!」

「ん――――、レヴィア様……ですね。少々お待ちください……」

 ドロシーは席を外し、ポッドの所へ行った。

 そして、寝ているユータの寝顔をそっと見て……、震えながら目をつぶり、大きく息をついた。

「私、がんばる……ね」

 そう、つぶやき、両手のこぶしを握り、二回振った。



 ドロシーは席に戻り、言った。

「えーとですね……。レヴィア様は今、お忙しい……という事なんですが……」

「何が忙しいだ! ならこのままぶち壊すぞ!」

 絶体絶命である。ドロシーは胃のキューっとした痛みに耐え、大きく息をついて言った。

「ヌチ・ギさんは戦乙女(ヴァルキュリ)さん作ったり、すごい(かしこ)い方ですよね?」

「いきなり何だ?」

「私、とーってもすごいって思うんです」

「ふん! 褒めても何も出んぞ!」

「でも、私、とても不思議なんです」

「……、何が言いたい?」

 怪訝(けげん)そうな表情のヌチ・ギ。



「ヌチ・ギさんはこの世界を火の海にするって言ってましたね」

「それがどうした?」

「それ、すごい頭悪い人のやり方なんですよね」

「……」

「だって賢かったら人一人殺さず、この世界を活性化できるはずですから」

「知った風な口を利くな!」

「つまり……。活性化というのは口実に過ぎないんです。単に戦乙女(ヴァルキュリ)さんたちで人殺しを楽しみたいんです」

「……」

 ヌチ・ギはムッとして黙り込む。



「私、あなたに捕まって戦乙女(ヴァルキュリ)さんたちのように操られそうになったから良く分かるんです。戦乙女(ヴァルキュリ)さんは皆、心では泣いてますよ」

「だったら何だ! お前が止められるのか? ただの小娘が!」

 真っ赤になって吠えるヌチ・ギ。



戦乙女(ヴァルキュリ)さん達、辛いですよね。人殺しの道具にされるなんて心が張り裂けそうですよね……。うっ……うっ……」

 ドロシーは耐えられず、泣き出してしまった。

「何言ってるんだ! 止めろ!」

 そして、ドロシーは鼻をすすりながら、決意のこもった声で言った。

戦乙女(ヴァルキュリ)の皆さん、聞いてください。私、これから、この基地の秘密を皆さんに教えちゃいます! ヌチ・ギさんに火口に入られてしまうと、この基地、すごくヤバいんです。ヌチ・ギさんは絶対に火口に入れるなとレヴィア様に厳命されているんです。絶対です。わかりますか? 絶対です!」

「は? 何を言っている!?」

 何を言い出したのかヌチ・ギは理解できなかった。

 戦乙女(ヴァルキュリ)たちはお互いの顔を見合わせる。

 そして、褐色の肌の戦乙女(ヴァルキュリ)が素早くヌチ・ギを羽交い締めにして言った。

「レヴィアを殲滅(せんめつ)せよとの命令を果たします」

「お、おい、何するんだ!? 止めろ!」

「命令を果たします」「命令を果たします」

 他の戦乙女(ヴァルキュリ)たちも口々にそう言うとヌチ・ギの両手、両足をそれぞれ押さえ、一気に火口に向かって飛んだ。

「放せ――――!」

 ヌチ・ギの絶叫が響く中、ドロシーは泣きながら赤いボタンを押した。

「ごめん……なさい……」

 テーブルに突っ伏すドロシー。

 激しい地響きの後、火山は轟音を放ちながら激しく爆発を起こした。吹き上がる赤いマグマは天を焦がし、ヌチ・ギも美しき戦乙女(ヴァルキュリ)たちも一瞬でのみ込まれた。



 ズーン! ドーン!

 激しい噴火は続き、吹き上がった噴煙ははるか彼方上空まで立ち上る。

 物理攻撃無効をキャンセルさせる仕掛けをレヴィアが仕込んでいたのだろう。噴火の直撃を受けた彼らは跡形もなく、消えていった。



 ズン! ズン! と噴火の衝撃が続き、地震のように揺れ動く神殿の中で、ドロシーは泣いた。

「うっうっうっ……ごめんなさいぃぃ……うわぁぁ!」

 胸が張り裂けるような痛みの中、狂ったように泣いた。

 世界のためとはいえ、五人の乙女たちの手を汚させ、殺してしまったのだ。もはや人殺しだ……。

 仕方ない事だとはわかっていても、それを心は受け入れられない。



 ドロシーの悲痛な泣き声はいつまでも神殿にこだましていた……。

















5-9. 漆黒の巨大構造体、地球



 シャトルは徐々に高度を下げ、いよいよ海王星本体へ突入する。

 レヴィアは船内からできる範囲で、爆発してしまった翼の先端の応急措置を頑張っている。



 ボウッという音と同時にシャトルは海王星に突入した。

 突入したと言っても青いガスの海があるわけではない。ただ、暴風が吹き荒れる霞がかった薄い雲に入っただけだ。ちょうど、海水は透明なのに上から見ると真っ青に見えるのに似てるかもしれない。

 シャトルは嵐の中をどんどんと深く潜っていく。ただでさえ弱い太陽の光はすぐに届かなくなり、闇の世界が訪れる。レヴィアはライトを点灯し、さらに深部を目指す。

 どのくらい潜っただろうか、小さな白い粒がまるで吹雪のように吹き荒れ始めた。



「これ、何だかわかるか?」

 レヴィアがドヤ顔で聞いてくる。

「え? 雪じゃないんですか?」

「ダイヤモンドじゃよ」

「ダ、ダイヤ!?」

「取ろうとするなよ、外は氷点下二百度じゃ。手なんか出したら即死じゃ」

「だ、出しませんよ!」

 とは答えたものの、こんなにたくさん降っているなら少し持ち帰って指輪にし、ドロシーにあげたいなと思った。まぁ、海王星の世界の物をどうやったらデジタル世界に持ち込めるのか皆目見当もつかないが……。



      ◇



 モウモウと煙が吹き上がっている一帯にやってきた。

「ついに、やってきたぞ!」

 レヴィアが嬉しそうに言う。

 煙の下に見えてきたのは巨大な漆黒の構造物群だった。それは巨大な直方体が次々と連なった形になっており、まるで吹雪の中を疾走する貨物列車のような風情だった。無骨な構造物には壁面のつなぎ目に直線状に明かりが(とも)っており、サイバーパンクな造形に思わず見とれてしまった。

「これが……、サーバー……ですか?」

「そうじゃ、これが『ジグラート』。コンピューターの詰まった塊じゃ」

「え? これが全部コンピューター!?」

 ジグラートと呼ばれた構造物は全長が一キロ、高さと奥行きが数百メートルくらいの巨大サイズ……、巨大高層ビルが密集した街というと分かりやすいだろうか。それがいくつも連なっている。

「これ一つで地球一つ分じゃ」

 すごい事を言う。これが延々と連なっているという事は、地球は本当にたくさんあるらしい。

「あー、ちょうどこれ、これがお主のふるさと、日本のある地球のサーバーじゃ」

「え!? これが日本!?」

 俺は思わず身を乗り出してしまった。俺はこの中で産まれ、この中で二十数年間、親に愛され、友達と遊び、大学に通い、サークルで女神様とダンスをして……まぬけに死んだのだった。無骨な巨大構造体……、これが俺の本当のふるさと……。この中には死に分かれた両親や友達、好きなアイドルやアーチスト、そして大好きだったゲームや漫画、全て入っているのだ。俺の前世の人生が全て入っている箱……。



 みんなどうしてるかな……。みんなに会いたい……。

 俺は胸を締め付けられる郷愁の念に駆られ、不覚にも涙を流してしまった。

「なんじゃ、行きたいのか?」

「そ、そうですね……。日本、大好きですから……」

 俺は涙を手で拭きながら言った。

「そのうち行く機会もあるじゃろ。お主はヴィーナ様とも懇意(こんい)だしな」

「そう……ですね。でも……もう、転生して16年ですよ。みんな俺のことなんか忘れちゃってますよ」

「はっはっは、大丈夫じゃ。日本の時間でいったらまだ数年じゃよ」

「えっ!? 時間の速さ違うんですか?」

「そりゃ、うちの星は人口が圧倒的に少ないからのう。日本の地球に比べたらどんどんシミュレーションは進むぞ」

 言われてみたらそうだ。サーバーの計算容量が一緒なら人口少ない方が時間の進みが速いのは当たり前だった。

「なるほど! 楽しみになってきました!」

 今、日本はどうなっているだろうか? 親にも元気でやってること、結婚したことをちゃんと報告したい。そのためにもヌチ・ギをしっかり倒さないとならない。



 グォォォォ――――!

 レヴィアはエンジンを逆噴射させ、言った。

「そろそろじゃぞ」



 徐々に減速しながら見えてきたジグラートへと近づいていく。いよいよヌチ・ギを倒す時がやってきた。



















5-10. 巨大化レーザー発振器



 噴火も収まり、静まり返った神殿でドロシーは呆然(ぼうぜん)としていた。

 自らの命をなげうってヌチ・ギと共に火口に身を投げ、そして灼熱のマグマの真っ赤な噴火の中に消えていった五人の美しき乙女たち。その最後の光景が目に焼き付いて離れないのだ。

 なぜこんな事になってしまったのだろう……。

 もっとうまくやる方法はなかっただろうか?

 ドロシーは目を閉じ、考えてみるが、他にいい方法は思い浮かばなかった。



 テーブルに突っ伏し、

「あなたぁ……。早く帰ってきて……」

 と、つぶやいた。



 その時だった。



 ズーン! ズーン!

 激しい衝撃音が神殿を揺らした。



「え!? 何!?」

 身体を勢いよく起こし、青ざめるドロシー。



 ガーン!

 神殿の一角が崩壊し、男が現れた……、ヌチ・ギだった。

 服は焼け焦げ、顔は(すす)だらけ、髪の毛はチリチリになりながら、ドロシーを憎悪のこもった鋭い目でにらんだ。

「娘……。やってくれたな……」



 最悪の事態となってしまった。噴火でもしとめられなかったのだ。



「い、いや! 来ないで……」

 思わず後ずさりするドロシー。



 ヌチ・ギはよたよたと足を引きずりながらドロシーに近づいていく。

「私の最高傑作の戦乙女(ヴァルキュリ)たちを陥れるとは、敵ながら天晴(あっぱ)れ……。その功績をたたえ、お前も戦乙女(ヴァルキュリ)にしてやろう……」

 引きつりながらもいやらしく笑うヌチ・ギ。



「ひ、ひぃ……」

 瞳に恐怖の色を浮かべながら引きつるドロシー。



「時に、レヴィアはどうした? あのロリババア何を企んでる?」

「し、知りません。私は『ボタンを押せ』と言われてただけです」

「そのポッドは何だ?」

 ヌチ・ギはポッドへ近づいていく。

「何でもありません! 神殿を勝手に荒らさないでください!」

 ドロシーはポッドをかばおうと動いたが……。

「ほう、ここにいるのか……。出てこいレヴィア!」

 ヌチ・ギは右手にエネルギーを込めるとポッドに放った。



 ドガン!

 エネルギー弾を受けてゴロゴロと転がる二台のポッド。

「止めてぇ!」

 泣き叫び、ヌチ・ギにしがみつくドロシー。

「よし、じゃ、お前がやれ。今すぐに戦乙女(ヴァルキュリ)にしてやる」

 そう言ってヌチ・ギは奇妙なスティックを出した。

「な、なんですかそれ?」

 大きな万年筆みたいな棒をひけらかしながらヌチ・ギは嬉しそうに言った。

「これが巨大化レーザー発振器だよ。これで対象を指示するとどこまでも大きくなるのだよ」

 そう言いながらヌチ・ギは椅子を指し、レーザーを出した。グングンと大きくなっていく椅子はあっという間に神殿の天井にまで達し、大理石の天井をバキバキと割った。

「キャ――――!」

 ドロシーは悲鳴を上げながらパラパラと落ちてくる破片から逃げる。

「はっはっは、見たかね、巨大化レーザーのすばらしさを!」

 うれしそうに笑うヌチ・ギ。



「この巨大化レーザーの特徴はね、大きくなっても自重でつぶれたりしないことだよ。例えばアリを象くらいに大きくするとするだろ、アリは立ち上がる事も出来ず、自重でつぶれ死んでしまう。でも、この装置なら強度もアップするから、大きくなっても自在に動けるのだよ。まさに夢のような装置だよ。クックック……。さぁ、君にも体験してもらおう」

 そう言って、レーザー発振器をドロシーに向けるヌチ・ギ。

「や、やめてぇ!」

 走って逃げるドロシー。



「どこへ行こうというのかね?」

 ヌチ・ギは空間をワープしてドロシーの前に現れ、ニヤッと笑った。

「いやぁぁぁぁ!」

 神殿には悲痛な叫びが響いた。















5-11. 星の心臓



 シャトルは減速し、ジグラートの巨大な漆黒の壁面から突き出たハッチに静かに接近していく。ダイヤモンドの嵐が吹き荒れる中、シャトルは何度か大きく揺れながら最後には、ガン! と派手な音を立てて接舷(せつげん)した。



「よーし、着いたぞ! お疲れ!」

 レヴィアはパチパチと操作パネルを叩き、シートベルトを解除した。



「何度も死ぬかと思いましたよ」

「結果オーライじゃな。キャハッ!」

 レヴィアが慎重にハッチを開け、俺たちはジグラートの中へと進んだ。

 エアロックの自動ドアがプシューと開いて見えてきたのは、まるで満天の星々のような光景だった。暗闇の中でサーバーについているLEDのような青や赤のインジケーターの光が無数にまたたいていたのだ。

「ライト点けるぞ」

 そう言ってレヴィアが何かを操作すると、内部の照明が一斉に点き、その壮大な構造が明らかになった。

 直径五メートルくらい、高さ十メートルくらいの円柱のサーバーラックがあり、それがずらーっと並んでいる。バスを立てて並べたようなサイズ感だ。

 入り口の脇には畳サイズの集積基盤(ブレード)が積まれており、どうやらこれが円柱状のサーバーラックに多数挿さっているようだ。それぞれにハンドルが付いており、金具でロックされている。

 集積基盤(ブレード)に近づいてよく見ると、表面にはよく訳の分からない水晶のようなガラスでできた微細な構造がビッチリと実装されており、また、冷却用だと思われる冷却パイプが巧みにめぐらされていた。

「それ一枚で、お主のパソコン百万台分くらいかのう?」

「えっ!? 百万倍ですか!?」

「海王星人の技術はすごいじゃろ? じゃが、上には上があるんじゃなぁ……」

 レヴィアは遠い目をした。



 床の金属の格子(グレーチング)越しに上下を見ると、上にも下にも同じ構造が続いている。外から見た時、高さは数百メートルはあったから、このサーバーラックも数十層重なっているのだろう。通路の先も見渡す限りサーバーが並んでいる。奥行きは一キロはあったから数百個は並んでいるのではないだろうか。なるほど、星を実現するというのはとんでもない事なんだなと改めて実感する。こんな壮大なコンピューターシステムでない限り仮想現実空間を実現するなんてことは出来っこないのだ。逆に言えば、ここまでやれば星は作れてしまうことになる。

 しかし……、誰が何のためにここまでやっているのだろうか? さっきすれ違った猫顔の人が何かを企み、頑張って作っているイメージが湧かない。



「これがうちの星じゃぞ。どうじゃ? 驚いたか?」

 レヴィアはドヤ顔で言う。

「いや、もう、ビックリですよ。なるほど、これが真実だったんですね!」

 レヴィアはニヤッと笑うと、

「折角じゃから見せてやる。ついてこい」

 そう言って早足で通路を進んだ。

「え? 何かあるんですか?」

 しばらく行くと、巨大なサーバーラックが姿を現した。

 直径40メートルくらい、フロアを何層も貫く巨大な円柱は圧倒的な存在感を持って鎮座していた。

「何ですか……これ?」

「マインドカーネルじゃよ」

「マインドカーネル……?」

「人の魂をつかさどる星の心臓部じゃ」

「え!? これが魂?」

「そうじゃよ、その驚き含め、お主の喜怒哀楽もここで営まれておるのじゃ」

 俺は思わず息をのんだ。

 人の心、その中心部である魂は、この巨大な構造物の中にあるという。うちの星の生きとし生ける者、その全ての魂がここで息づいている……。俺もドロシーも院長もアルもすべてこの中に息づいている……。今、この瞬間の俺の心の動きも全てこの中で生成され、運用されているということらしい。なんだかすごい話である。

 キラキラと煌めく無数のインジケーター、その煌めき一つ一つがうちの星に暮らす人たちの魂の営みなのだろう。魂がこんな巨大な金属の円柱だったなんて俺は全く想像もできなかった。



「どうじゃ? 人間とは何かが少し分かったじゃろ?」

「なんだか……、不思議なものですね」

 俺はゆっくりとうなずいた。















5-12. 勝利のサーバーへ走れ



「さて、ヌチ・ギを叩くぞ!」

 レヴィアは手元の端末を見ながら何かを探っていた。

「F16064-095とF16068-102じゃ、探せ!」

「え? 何ですかそれ?」

「サーバーラックに番号がついとるじゃろ、それとブレードの番号じゃ。二枚を同時に引き抜くと奴は消滅する。探せ!」

「二枚同時ですか!?」

「そうじゃ、一枚抜いただけでは残りのサーバーの情報から修復されてしまうが、二枚同時は想定されていない。復旧できずヌチ・ギの身体は完全に消失する。どんなスキルを持っていようが引き抜いてしまえば(あらが)いようがない」

「なるほど……、エグいですね。ヌチ・ギ以外に影響はないんですか?」

「確率的に言えば両方のブレードに同時に乗っているのはヌチ・ギだけじゃろう。安心しておけ」

「で、F16064……でしたっけ?」

 俺は辺りを見回した。探せと言われてもこの広大なジグラートの中でどうやって探すのか皆目見当がつかない。確かによく見るとサーバーラックにはフレームに番号が刻まれている。俺はいくつかラックを見ながらその番号の法則を探った。

「あー、これは列と階と入り口からの番号ですね。十六階へ登りましょう」

「十六階……、間に合いそうにないな……」

 レヴィアがつぶやく。

「え? 時間制限があるんですか?」

「そうなんじゃ、使うサーバーは次々に変えられてしまうのじゃ」

「じゃぁ、次変わったら走りましょう」

 二人は画面をじっと見つめる。

「変わった! B05104-004、B05112-120! 走れ!」

 俺たちは全力で走った。しかし……、

「はぁはぁ、変わってしもうた、 G21034-023、G21095-113」

「二十一階は無理ですよ!」

「じゃあ休憩じゃ……、あ、A06023-075!」

「六階行きましょう!」

 俺たちは全力で走るが……、

「あぁっ! 変わってしもうた……はぁはぁ、D14183-132……」

 俺は肩で息をしながら言った。

「はぁはぁ、追いかけるのは無理そうです。張りましょう」

「張るって……どうするんじゃ?」

「サーバー変更の規則性を読むんです」

「え――――! そんなのどうやるんじゃ?」

「何かメモできるものありませんか?」

「メモ帳を使え」

 レヴィアはそう言って、端末のメモ帳アプリを起動してよこした。

 俺は変わっていくサーバーの番号を次々とメモっていった。

「こんなのランダムじゃないのかのう?」

「静かにお願いします!」

 俺は必死に法則性を追った。システムがサーバーリソースをアサインする場合、きっと何らかの制約があるはずだ。バッチリ予測は出来なくても階と列くらいは絞れて欲しい。ゲームハッカーとして(つちか)った能力を総動員し、何としてでも法則性を見出してやるのだ。



 俺はしばらく画面をにらみつづけ、ついにある事に気が付いた。たまに10回前の位置と相関のあるところに出ることがあるのだ。

 だとすると次は……近いぞ!

「レヴィア様、こっち!」

 俺はレヴィアの手を引いて走った。

「分かったのか?」

「確実ではないですが、可能性が高い所が絞れました」

「ホントかのう?」

「いいから本気で走ってください!」

 俺は必死に走った。全力で対応しないと後悔するような嫌な予感に突き動かされ、必死に足を動かした。



         ◇



 俺は予想されるサーバーラックの前までやってきた。

「はぁはぁ……。次……、この辺りかもしれません」

「はぁはぁ、世界の命運がかかっとるんじゃ、頼むぞ~!」

 二人は息を切らしながら端末に祈った。

 果たして、次のサーバー番号が表示された……。

「D05098-032、D05099-120! ビンゴ! レヴィア様、その120番ブレード抜いてください、私はこの32番ブレード抜きます!」

「ほいきた!」

「行きますよ! 3、2、1、GO!」



 ヴィー! ヴィー!

 警報が鳴り、辺りのサーバーラックのインジケーターが全部真っ赤になった。















5-13. 海王星へ埋葬



 神殿でドロシーはヌチ・ギに追い詰められていた。

「やめてぇ! こないでぇ!」

 必死に叫ぶドロシー。

「いいね、その表情……そそるな……」

 ヌチ・ギはレーザー発振器を胸ポケットに入れると、ドロシーの手をつかみ、両手首を左手でもって持ち上げた。

「なにするのよぉ!」

 ドロシーは身をよじるがヌチ・ギの力は強くビクともしない。

「そう言えば、お前をまだ味わってなかったな……」

 ヌチ・ギはドロシーのワンピースを右手でビリビリと破いた。

「いやぁぁぁ!」

 あらわになる白い肌。

「実に……、いい肌だ……」

 そう言いながらヌチ・ギは肌をいやらしく揉んだ。

「ダメ――――! やめてぇ!」

 ドロシーは顔を歪ませながら悲痛な叫びを上げる。

 ヌチ・ギはいやらしい笑みを浮かべ、

「うん、その表情……、実に美しい……」

 そう言うとドロシーをテーブルまで引きずり、テーブルの上に転がした。

「いたぁい!」

「さて、ちょっと大人しくしてもらおうか」

 ヌチ・ギはドロシーの眉間をトンと叩いた。

「うっ!」

 ドロシーはうめくと、手足をだらんとさせた。

「さて、どんな声で鳴くのかな……」

 ヌチ・ギはズボンのチャックを下ろし、準備をする。



「やめてぇ……、あなたぁ……」

 ドロシーは転がったポッドを見つめ、か細い声でつぶやきながら涙をこぼした。

 ヌチ・ギはドロシーの両足を持ち、広げる。



「クフフフ、気持ち良くさせてやるぞ、お前も楽し――――」

 話している途中でヌチ・ギがフッと消えた。



 カン、カン……

 巨大化レーザー発振器が落ち、チカチカと光りながら転がって行く。

 転がった先に動く影……、それは全く予想外のものだった。



 神殿に、また危機が訪れる。



       ◇



 同時刻、海王星――――。



「ヨシ! ヌチ・ギの反応が消えたぞ!」

 満面の笑みでレヴィアが言う。

「やったぁ! これで万事解決ですね!」

「うむ! ご苦労じゃった!」

 俺たちは両手を高く掲げハイタッチをし、思わずハグをした。

 レヴィアの身体は思ったよりスレンダーで柔らかかった。胸に柔らかく豊満な温かさが当たるのを感じ、俺はしまったと思った。

 ふんわりと立ち上る、華やかで本能に訴えてくる匂いを振り切るように俺は離れた。



「なんじゃ? 我に欲情しおったか? キャハッ!」

 レヴィアはうれしそうに笑う。

「ちょっと、うかつでした、すみません」

 俺は右手で顔を覆い、真っ赤になりながら横を向く。

「ふふっ、そう言えば、『何でも言う事を聞く』というお主との約束……まだ残っていたのう……」

 レヴィアは俺の胸にそっと手をはわせ、獲物を見るような眼で俺を見る。

「あー、それは全て終わってからまたゆっくり相談しましょう」

 俺は身をよじり、なけなしの理性を総動員して言う。

「ふぅん、素直じゃないのう……」

「昨日、チャペルで誓ったので」

 レヴィアは俺の目をジッとのぞき込み……、

「まぁええわ、帰るとするか」

 と、つまらなそうに言った。



 危なかった……。でも、この大人のレヴィアとはさよならだと思うと、ちょっともったいなくも感じ……。イカンイカンと首を振った。



 とりあえず早くドロシーの所へ戻らないと。俺は大きく息をつき、

「どうやって帰るんですか?」

 と、聞いた。

「意識を自分の本来の身体に集中すれば、自然とこの体に向いてる制御が切り替わるのじゃ」

 レヴィアは難しい事を言う。

「え? 何ですかそれ!?」

「まぁいい、とりあえずシャトルへ戻るぞ。こんな所に死体を置いておけないからのう」

「死体?」

「この身体、もう返却不能じゃからなぁ……」

 言われてみたらその通りだった。この身体はスカイポートで借りたもの。スカイポートに戻れない以上捨てるしかないが、そうなったらこの身体は死んでしまうだろう。

「何とかなりませんかね?」

「海王星の奥深くに埋葬する以外なかろう。証拠隠滅じゃ」



 自分の身体を埋葬する……。それは今まで想像したこともなかった概念だった。



















5-14. 煌めきあう存在、人間



 俺たちはシャトルに乗り込み、席を最大にリクライニングし、横たわった。

「お主は瞑想(めいそう)したことあるか?」

「いや、ないです」

「瞑想くらいやっとけ、人間の基本じゃぞ」

「そういう物ですか……」

「瞑想すると、さっきのマインドカーネルに行ける。そしたら元の身体を思い出せばいい。自然とこの身体との接続が切れて、神殿のポッドに戻れるじゃろう」

「え? どういうことですか……?」

 言ってること全てが分からない。俺は困惑した。



「いいからやってみるんじゃ! はい、ゆっくり深呼吸して! ゆっくりじゃぞ、ゆーっくり!」

 俺は言われるがままにゆっくりと大きく息を吸い……そしてゆっくりと全部の息を吐いた。何度かやっていると確かに心が落ち着き、頭がポーッとする感覚がある。

「これを繰り返すんじゃ。途中雑念がどんどん湧いてくると思うが、それはゆっくりと横へと流すんじゃ」

「やってみます」

 ゆっくり吸って……。

 ゆっくり吐いて……。



 俺はしばらく深呼吸を繰り返した。どんどんと湧いてくる雑念、ドロシーにスカイパトロールに……レヴィアの豊満な胸……イカンイカン! 俺は急いで首を振り、大きく息を吸って……、そして、吐いた。

 はじめは雑念だらけだったが、徐々に雑念が減っていき……、急に意識の奥底に落ちて行く感覚に襲われた。俺はそれに逆らわずどんどんと落ちて行く。息を吸うと少し浮かぶものの、息を吐くとスーッと落ちて行くのだ。

 どんどんと意識の奥底へと降りていく……。やがてキラキラとスパークする光の世界が訪れる。俺はしばらくそこで(たたず)んだ。温かくて気持ちいい世界だ。瞑想ってこんなに素晴らしいものだったのか……。

 さらに深呼吸を繰り返していると、何かのビジョンが浮かんできた。それは光の球を内包したタワー……? いや、タワーの周りに何かある……これは……花びら?

 幻想的な光の微粒子がチラチラと舞い踊る中、俺は巨大なトケイソウのような花が一輪咲き誇る壮大な洞窟の中にいる事に気が付いた。



 一体何だこれは!?



 俺は思念体となってふわふわと宙に浮かびながら花へと近づいていく。花は本当に大きく、花びら一枚でバレーボールコートくらいあるだろうか。微細なキラキラと煌めく粒子に覆われており神々しく瞬いている。

 俺はしばらくその神聖な煌めきを眺めていた。



 美しい……。



 そして、次の瞬間、俺はこれが何かわかってしまった。これがマインドカーネルなのだ。

 であるならば、この煌めきの一つ一つは一人の人間の魂の輝き、つまり喜怒哀楽のエネルギーの発露なのだ。今、俺の目の前で何億人という人々の魂の営みが輝いている。

 俺は初めて見た人間の根源に感極まり、胸が熱くなってくるのを感じた。そうか、そうだったのか……。人間とは巨大な花の中で輝き合う存在……この煌めきこそが人間だったのだ。

 俺は自然とあふれてくる涙をぬぐいもせず、ただ、魂の煌めきに魅せられていた。



  さっき見た巨大なサーバー、その中身はこんなにも美しい幻想的な世界だったのだ。



 この世界が仮想現実空間だと初めて聞いた時、凄くもやもやしたが、今、こうやってその中枢を見ると、仮想かどうかというのはどうでもいい事だということが分かる。人間にとって大切なのはそのハードウェア構造なんかではない、魂が熱く輝けるかどうかだ。それにはどんな形態をとっていても構わない。むしろ、こういう美しい花の中で美しく輝く世界の方が自然で正しいのではないだろうか?



 俺は煌めきの洪水に見()れて、しばらく動けなくなった。



        ◇



 人間はここに全員いるという事は俺もドロシーもいるはずだ。俺はふわふわと浮かびながら自分の魂を探してみた。

 心のおもむくまま、巨大なテントのようになっている花びらの下にもぐり、しばらく行くと、オレンジ色に輝く点を見つけた。見ていると俺の呼吸に従って明るさが同期している。間違いない、俺の魂だ。俺は自分の心の故郷にやってきた。十六年間、俺はずっとここで笑い、泣き、怒ってきたのだ。俺はそっと指を当て、魂の息づかいを感じた。

 次にドロシーのことを思ってみた。感じるままに探していくと、すぐ近くに今にも消えそうな青い光を見つけた。

「えっ!?」

 俺は心臓が止まりそうになった。何だこれは!? 死にそう……なのか?

 こんなことしている場合ではない、早く神殿に戻らないと!

 俺は再度深呼吸を繰り返し、本来の自分の体への接続を探す。



 大きく息を吸って……、吐いて……。

 吸って……、吐いて……。



 俺はオレンジ色の光に包まれた。さっきマインドカーネルで見た輝く点の中のようだ。ここでしばらく意識の流れに身を任せてみる……。

 温かい光のスープに溶け、俺は漂う。やがて魂が何かに吸い寄せられていく……。俺は逆らわず、その流れに身を任せた……。