5-1. サーバーアタック



 空間の裂け目を抜けるとそこはレヴィアの神殿だった。画面の前で座っていたドロシーは俺を見つけると駆け寄って飛びついてきた。

「あなたぁ! あなたぁ……、うっうっうっ……」

 俺は感極まってるドロシーを抱きしめ、優しく頭を撫でた。



「感動の再会の途中申し訳ないが、ヌチ・ギを倒しに行くぞ!」

 レヴィアが覚悟を決めたように低い声を出す。

「え? どうやってあんなの倒すんですか?」

「サーバーを壊すんじゃ」

 レヴィアはとんでもない事を言い出した。

「え!? サーバーって……この星を合成(レンダリング)してる海王星にあるコンピューターのことですか?」

「そうじゃ、サーバー壊せばどんな奴でも消える。これは(あらが)えん」

「それはそうですが……、いいんですか? そんなことやって?」

「ダメに決まっとろうが! 禁忌中の禁忌じゃ! じゃが……、もはやこれ以外手はない」

 レヴィアは目をつぶり、首を振る。

 レヴィアの覚悟に俺は気おされた。この世界を作り出している大元を壊す。それは確かに決定的な攻撃になるだろう。しかし、この世界そのものを壊すわけだからその影響範囲は計り知れない。どんな副作用があるのか想像を絶する話だった。

 とは言え、このままでは俺たちも多くの人たちも殺されてしまう。やる以外ない。



「大虐殺は絶対に止めねばなりません。何でもやりましょう!」

 俺も覚悟を決め、レヴィアをしっかりと見つめた。

「じゃぁ早速このポッドに入るのじゃ」

 レヴィアはそう言って、ガラスカバーのついたリクライニングチェアを二つ出した。

 そして、赤いボタンのついた装置をドロシーに渡して言う。

「お主は画面を見て、敵の襲来を監視するのじゃ。どうしようもなくなったらこのボタンを押せ。火山が噴火して辺り一面火の海になる。時間稼ぎができるじゃろう」

「ひ、火の海ですか!? ここは……、無事なんですか?」

「んー、設計上は……大丈夫な……はず?」

 ちょっと自信なさげなレヴィア。

「『はず』ですか……」

 不安げなドロシー。

「そんなのテストできんじゃろ!」

「そ、そうですね」

「わしらが行ってる間、体は無防備になる。守れるのはお主だけじゃ、頼んだぞ!」

「わ、分かりました……。それで、あのぅ……」

「ん? なんじゃ?」

「アバドンさんや操られてる女の子たちは……助けられますか?」

 ドロシーがおずおずと聞く。

「ほぅ、お主余裕があるのう。ヌチ・ギを倒しさえすれば何とでもなる。そうじゃろ、 ユータ?」

 いきなり俺に振られた。

「そうですね、手はあります」

 俺自身、一回死んでここに来ているのだ。死は絶対ではない。

「そう……、良かった」

 ドロシーが優しく微笑んだ。

 妻の心優しさに、自分たちの事ばかり考えていた俺はちょっと反省した。こういう所もドロシーの方が優れているし、そういう人と一緒に歩める結婚は良いものだなとしみじみと思った。



 レヴィアが隣の小さめの画面を指さして言う。

「それから、こっちの画面は外部との通信用じゃ。ここを押すと話ができる。ヌチ・ギが来たら『ドラゴンは忙しい』とでも言って時間稼ぎをするんじゃ」

「ヌチ・ギ……、来ますか?」

 おびえるドロシー。

「来るじゃろうな。奴にとって我は唯一の障害じゃからな」

「そ、そんなぁ……」

「いいか、時間稼ぎじゃ、時間稼ぎをするんじゃ! ワシらが必ず奴を倒す、それまで辛抱せい!」

「は、はい……」

 うつむくドロシー。

「大丈夫! さっきだってうまくやれてたじゃないか」

 俺は笑顔でドロシーを見つめながら、そっと(ほほ)をなでた。

「あなたぁ……」

 目に涙を(たた)えながら不安そうに俺を見る。

 しばらく俺たちは見つめ合った。

 そして、俺はそっと口づけをし、

「自信もって。ドロシーならできる」

 と、優しい声で言った。

「うん……」

 ドロシーは自信無げにうつむいた。

「ユータ! 急いで座るんじゃ!」

 レヴィアの急かす声が響く。俺は優しくドロシーの頭をなでると、しっかりと目を見つめ、

「待っててね!」

 そう言って、ポッドに飛び乗った。

 ハッチを閉め、内側からドロシーに手を振ると、ドロシーは、

「あなた……、気を付けてね……」

 そう言ってポッドのガラスカバーを不安そうになでた。

















5-2. スカイポートへようこそ



 気が付くと、俺は壁から飛び出ている寝台のような細いベッドに横たわっていた。壁には蜂の巣のように六角形の模様が刻まれ、寝台がたくさん収納されている様子だった。周りは布のような壁で囲まれている。どうやら海王星に転送されたようだ。俺たちの世界を構成しているコンピューターのある星、まさに神の星にやってきたのだ。

 身体を起こすとまるで自分の身体が自分じゃないような、ブヨブヨとしたプラスチックになってしまったような違和感に襲われた。

 自分の身体を見回してみると、腕も足も身体全体が全くの別人だった。

「なんだこりゃ!?」

 そう言って、聞きなれない自分の声にさらに驚く。

 少し長身でやせ型だろうか? 声も少し高い感じだ。



「スカイポートへようこそ」

 音声ガイダンスと共に目の前に青白い画面が開いた。

「スカイポート?」

 海王星の宇宙港? ということだろうか?



「衣服を選択してください」

 画面には多彩な服のデザインが並んでいるが……。みんなピチッとしたトレーニング服みたいなのばかりでグッと来ない。神の星なんだからもっとこう驚かされるのを期待したのだが……。仕方ないので青地に白のラインの入った無難そうなのを選ぶ。

 するとゴムボールみたいな青い球が上から落ちてきて目の前で止まった。

 何だろうと思ってつかもうとした瞬間、ボールがビュルビュルっと高速に展開され、いきなり俺の身体に巻き付いた。

「うわぁ!」

 驚いていると、あっという間に服になった。服を撫でてみると、革のようなしっかりとした固さを持ちながらもサラサラとした手触りで良く伸びて快適だ。なんとも不思議な技術に俺は少し感心してしまった。



「ユータ! 行くぞ!」

 いきなり布の壁がビュンと音を立てて消失した。

 見ると、胸まで届くブロンドの長い髪を無造作に手でふわっと流しながら、全裸の美女が立っていた。豊満な胸と、優美な曲線を描く肢体に俺は思わず息をのむ。

「なんじゃ? 欲情させちゃったかのう? 揉むか?」

 女性はそう言いながら腕を上げ、悩ましいポーズを取る。

「レ、レヴィア様! 服! 服!」

 俺は真っ赤になってそっぽを向きながら言った。

「ここでは幼児体形とは言わせないのじゃ! キャハッ!」

 うれしそうなレヴィア。

「ワザと見せてますよね? 海王星でも服は要ると思うんですが?」

「我の魅力をちょっと理解してもらおうと思ったのじゃ」

 上機嫌で悪びれずに言うレヴィア。

「いいから着てください!」

「我の人間形態もあと二千年もしたらこうなるのじゃ。楽しみにしておけよ」

 そう言いながらレヴィアは赤い服を選び、身にまとった。



       ◇



 通路を行くと、突き当りには大きな窓があった。窓の外は真っ暗なので夜なのかと思いながら、ふと下を見て思わず息が止まった。なんとそこには紺碧(こんぺき)の巨大な青い惑星が眼下に広がっていたのだ。どこまでも澄みとおる美しい青は心にしみる清涼さを伴い、表面にかすかに流れる縞模様は星の息づかいを感じさせる。

「これが……、海王星ですか?」

 レヴィアに聞いた。

「そうじゃよ。太陽系最果ての惑星、地球の17倍の大きさの巨大なガスの星じゃ」

「美しい……、ですね……」

 俺は思わず見入ってしまった。

 水平線の向こうには薄い環が美しい円弧を描き、十万キロにおよぶ壮大なアートを展開している。よく見ると満天の星々には濃い天の川がかかり、見慣れた夏の大三角形や白鳥座が地球と同様に浮かんでいた。ただ……、見慣れない星がひときわ明るく輝いている。

「あの星は……、何ですか?」

 俺が首をかしげながら聞くと、

「わははは! お主も知ってる一番身近な星じゃぞ、分らんのか?」

 と、レヴィアはうれしそうに笑った。

「身近な星……? もしかして……太陽!?」

「そうじゃよ。遠すぎてもはや普通の星にしか見えんのじゃ」

「え――――っ!?」

 俺は驚いて太陽をガン見した。

 点にしか見えない星、太陽。そして、その弱い光に浮かび上がる紺碧(こんぺき)の美しき惑星、海王星。俺が生まれて育った地球はこの(あお)き星で生まれたのだ。ここが俺のふるさと……らしい。あまりピンとこないが……。

「それで、コンピューターはどこにあるんですか?」

 俺が辺りを見回すと、

「ここは宇宙港じゃ、港にサーバーなんかある訳ないじゃろ。あそこじゃ」

 そう言って海王星を指した。

「え!? ガスの星ってさっき言ってたじゃないですか、サーバーなんてどこに置くんですか?」

「ふぅ……。行けば分かる」

 レヴィアは面倒くさそうに言う。

「……。で、どうやって行くんですか?」

 俺が聞くと、レヴィアは無言で天井を指さした。

「え!?」

 俺が天井を見ると、そこにも窓があり、宇宙港の全容が見て取れた。なんと、ここは巨大な観覧車状の構造物の周辺部だったのだ。宇宙港は観覧車のようにゆっくり回転し、その遠心力を使って重力を作り出していたのだ。

 そして、中心部には宇宙船の船着き場があり、たくさんの船が停泊している。

 まるでSFの世界だった。

「うわぁ……」

 俺が天井を見ながら圧倒されていると、

「グズグズしておれん。行くぞ!」

 そう言ってレヴィアは通路を小走りに駆けだした。俺も急いでついていく。



















5-3. ご安全に!



 しばらく行くとエレベーターがあった。ガラス製の様なシースルーで、乗り込んでよく見ると、壁面はぼうっと薄く青く蛍光している。汚れ防止か何かだろうか? 不思議な素材だ。

 出入口がシュルシュルと小さくなってふさがり、上に動き始めた。すぐに宇宙港の全貌が見えてくる。直径数キロはありそうな巨大な輪でできている居住区と、中心にある宇宙船が多数停泊する船着き場、そして、眼下に広がる巨大な(あお)い惑星に、夜空を貫く天の川。これが神の世界……。なんてすごい所へ来てしまったのだろうか。

 居住区は表面をオーロラのように赤い明かりがまとわりついていていて、濃くなったり薄くなったりしながら、まるでイルミネーションのように星空に浮かんでいる。そして、同時にオーロラの周囲にはキラキラと閃光が瞬いていて、まるで宝石箱のような(きら)びやかな演出がされている。

「綺麗ですね……」

 俺がそうつぶやくと、

「宇宙線……つまり放射線防止の仕組みじゃ」

 と、レヴィアは説明してくれる。

「え? じゃ、あの煌めきは全部放射線ですか?」

「そうじゃ、宇宙には強烈な放射線が吹き荒れとるでのう……。止めて欲しいんじゃが」

「止められないですよね、さすがに」

「ヴィーナ様なら止められるぞ」

 レヴィアはニヤッと笑って言った。

「え!?」

 俺は驚いた。この大宇宙の摂理を女神様なら変えられる、という説明に俺は唖然(あぜん)とした。

「ヴィーナ様は別格なのじゃ……」

 レヴィアはそう言ってひときわ明るい星、太陽を見つめた。

 科学の世界の中にいきなり顔を出すファンタジー。サークルで一緒に踊っていた女子大生なら神の世界の放射線を止められると言うドラゴン。一体どうやって? 俺はその荒唐無稽さに言葉を失った。



「そろそろ着くぞ。気を付けろ! 手を上げて頭を守れ!」

 いきなり対ショック姿勢を指示されて焦る俺。

「え!? 何が起こるんですか?」

 気が付くとレヴィアの髪の毛はふんわりと浮き上がり、ライオンみたいになっていた。そうか、無重力になるのか! 気づけば俺の足ももう床から浮き上がっていたのだ。

 到着と同時に天井が開き、気圧差で吸い出された。

「うわぁ!」

 吸い出された俺はトランポリンのような布で受け止められ、跳ね返ってグルグル回ってその辺りにぶつかってしまう。

 無重力だから身体を固定する方法がない。回り始めると止まらないし、ぶつかると跳ね返ってまたぶつかってしまう。



「お主、下手くそじゃな。キャハッ!」

 レヴィアはすでに車輪の無い三輪車みたいな椅子に座っており、こちらを見て笑う。

「無重力なんて初めてなんですよぉ! あわわ!」

 そう言ってクルクル回りながらまた壁にぶつかる俺。

「仕方ないのう……。ほれ、手を出せ」

 そう言って俺はレヴィアに救われ、椅子を渡された。

「助かりました……」

「じゃぁ行くぞ!」

 レヴィアは椅子のハンドルから画面を浮かび上がらせ、何やら操作をする。

 すると、二人の椅子は通路の方へゆっくりと動き始めた。

 空港の通路みたいなまっすぐな道を、スーッと移動していく俺たち。

「うわぁ、広いですね!」

「ここはサーバー群の保守メンテの前線基地じゃからな。多くの物資が届くんじゃ」

「サーバーに物資……ですか?」

「規模がけた違いじゃからな、まぁ、見たらわかる」

 ドヤ顔のレヴィア。



 すると向こう側から同じく椅子に乗った人が二人やってくる。

「ご安全に!」

 レヴィアが声をかける。

「ご安全に!」「ご安全に!」

 彼らも返してくる。俺も真似して、

「ご安全に!」

 そう言って、相手の一人を見て驚いた。

 猫だ! 顔が猫で猫耳が生えている! 俺は思わず見つめてしまった。

 猫の人はウインクをパチッとしながらすれ違っていった。

「お主、失礼じゃぞ」

 レヴィアにたしなめられる。

「あ、そ、そうですね……。猫でしたよ、猫!」

 俺が興奮を隠さずに言うと、

「お主、ケモナーか? 我も獣なんじゃぞ」

 そう言ってウインクしてくるレヴィア。

「あー、ドラゴンはモフモフできないじゃないですか」

 するとレヴィアは不機嫌になってバチンと俺の背中を叩く。

「おわ――――!」

 思わず横転しそうになってしばらく振り子のように揺れた。

「お主はドラゴンの良さが分かっとらん! 一度たっぷりと抱きしめてやらんとな!」

 そう言って両手で爪を立てる仕草をし、可愛い口から牙をのぞかせた。

「お、お手柔らかにお願いします……」

 俺は言い方を間違えたとひどく反省した。

 

 それにしても猫の人がいる世界……、とても不思議だ。実は俺も頼んでおけば猫の人になれたのかもしれない。次に機会があったらぜひ猫をやってみたい。

 俺はそんなのんきな事を考えていた。レヴィアがとんでもなく無謀な計画を立てていることにも気づかず……。















5-4. 停船命令



 しばらく行くと左折して細い通路に入った。いよいよ乗船である。

 ハッチの手前で椅子は止まり、俺たちは無重力の中、宙に浮かびながら泳ぐようにシャトル内へと入った。

 シャトル内はワンボックスカーのように狭く、レヴィアは操縦席、俺は助手席に座った。

 フロントガラスからは赤いオーロラに包まれた巨大な(リング)状の居住区が見え、その下方には壮大な(あお)い惑星が広がっている。また、向こうから貨物船のような巨大な宇宙船がゆっくりと入港してくる。とてもワクワクする風景だ。



「よく利用許可が取れましたね」

 俺が嬉しくなって言うと、レヴィアは、

「許可なんか取っとらんよ、そんな許可など下りんからな。取ったのはシャトルの見学許可だけじゃ」

 と、とんでもない事を言いながら、カバンの中からアイテムを取り出している。

「え――――っ! じゃぁどうするんですか?」

「こうするんじゃ!」

 そう叫びながら、レヴィアは、操縦席の奥の非常ボタンの透明なケースをパーンと叩き割り、真っ赤なボタンを押した。



 ヴィーン! ヴィーン!

 けたたましく鳴り響く警報。

 俺はいきなりの粗暴な展開に冷や汗が止まらない。

 

 シャトル内のあちこちが開き、酸素マスクや工具のようなものも見える。

 レヴィアは、操縦席の足元に開いたパネルの奥にアイテムを差し込み、操縦パネルを強制的に表示させると、

「ウッシッシ、出発じゃ!」

 そう言って両手でパネルをパシパシとタップした。

 警報が止まり、ハッチが閉まり、シャトルはグォンと音を立ててエンジンに火が入った。

「燃料ヨシ! 自己診断ヨシ! 発進!」

 レヴィアが叫んだ。



 キィィィ――――ン!

 と甲高い音が響き、ゆっくりとシャトルは動き出す。



「お主、シートベルトしとけよ。放り出されるぞ!」

 操縦パネルをパシパシと叩きながらレヴィアが言う。

「え? シートベルトどこですか?」

 俺がキョロキョロしていると、レヴィアは、

「ここじゃ、ここ!」

 そう言って俺の頭の上のボタンを押した。すると、ベルトが何本か出てきてシュルシュルと俺の身体に巻き付き、最後にキュッと締めて固定した。



 シャトルは徐々に加速し、宇宙港を離れ、海王星へと降りていく。



『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』

 スピーカーから停船命令が流れてくる。

「うるさいのう……」

 レヴィアは、画面を操作し、スピーカーを止めてしまった。

「こんなことして大丈夫なんですか?」

 俺はキリキリと痛む胃を押さえながら聞く。

「全部ヌチ・ギのせいじゃからな。ヌチ・ギに操られたことにして逃げ切るしかない」

 俺は無理筋のプランに頭がクラクラした。そんな言い訳絶対通らないだろう。しかし、ヌチ・ギの暴挙を止めるのがこの手しかない以上、やらねばならないし、もはや覚悟を決めるより他なかった。



          ◇



 シャトルはグングンと加速しながら海王星を目指す。

 地球の17倍もある巨大な(あお)い惑星、海王星。徐々に大きくなっていく惑星の表面には、今まで見えなかった微細な(しま)や、かすかにかかる白い雲まで見て取れるようになってきた。

 これが俺たちの本当の故郷、母なる星……なのか……。

 俺はしばらく、そのどこまでも美しく(あお)い世界を眺め、その壮大な景色に圧倒され、畏怖を覚えた。

 すると、遠くの方で赤い物がまたたいた。



「おいでなすった……」

 レヴィアの目が険しくなる。

 徐々に見えてきたそれは巨大な赤い電光掲示板のようなものだった。海王星のスケールから考えるとそれこそ百キロメートルくらいのサイズのとんでもない大きさに見える。よく見ると、『STOP』と赤地に白で書いてある。多分、ホログラム的な方法で浮かび上がらせているのだろう。

「何ですかあれ?」

「スカイパトロールじゃよ。警察じゃな」

「マズいじゃないですか!」

 青くなる俺。

「じゃが、行かねばならん。……。お主ならどうする?」

「何とかすり抜けて強行突破……ですか?」

「そんな事したって追いかけられて終わりじゃ。こちらはただのシャトルじゃからな。警備艇には勝てぬよ」

「じゃあどうするんですか?」

「これが正解じゃ!」

 レヴィアは画面を両手で忙しくタップし始め、シャトルの姿勢を微調整する。そして出てきたアイコンをターンとタップした。



 ガコン!

 船底から音がする。

 そして、レヴィアはパネルからケーブルを引っ張り出すと小刀で切断した。

 急に真っ暗になる船内。



 キュィ――――……、トン……トン……シュゥ……。



 エンジンも止まってしまった。

 全く音のしない暗闇……。心臓がドクッドクッと響く音だけが聞こえる。



 太陽系最果ての星、海王星で俺は犯罪者として警察から逃げる羽目になった。それも命がけの方法で……。さっきまでワクワクしていた自分の能天気さに、ついため息をついた。

















5-5. 忘れてしもうた



 フロントガラスの向こうに何かが漂っているのが見えた。小さな白い箱でLEDみたいなインジケーターがキラキラと光っている。

「あれは?」

 俺は暗闇の中、聞いた。

「エネルギーポッドじゃ。この船の燃料パックの一つを投棄したんじゃ」

「で、エンジン止まっちゃいましたけどいいんですか?」

「そこがミソじゃ。スカイパトロールはエネルギー反応を自動で追っとるんじゃ。こうすると、ワシらではなく、あのエネルギーポッドを追跡する事になる」

「え――――! そんなのバレますよ」

「バレるじゃろうな。でも、その頃にはワシらは大気圏突入しとる。もう、追ってこれんよ」

 何という強硬策……。しかし、こんな電源落ちた状態で大丈夫なのだろうか?



「いつ、シャトルは再起動するんですか?」 

「大気圏突入直前じゃな。電源落ちた状態で大気圏突入なんてしたら制御不能になってあっという間に木っ端みじんじゃ」

 何という綱渡りだろうか。

 電源の落ちたシャトルは、まるで隕石のようにただ静かに海王星へと落ちて行く。俺は遠く見えなくなっていくエネルギーポッドを見ながら、ただ、作戦の成功を祈った。



        ◇



 海王星がぐんぐんと迫り、そろそろ大気圏突入する頃、シャトルに衝撃波が当たった。



 パーン!

「ヤバい……。エネルギーポッドが爆破されたようじゃ」

 レヴィアの深刻そうな声が暗闇の船内に響いた。

「では次はシャトルが狙われる?」

「じゃろうな、エンジン再起動じゃ!」



 レヴィアは暗闇の中、足元からゴソゴソと切断したケーブルを出した……、が、止まってしまった。

「ユータ……、どうしよう……」

 今にも泣きそうなレヴィアの声がする。

「ど、どうしたんですか?」

 予想外の事態に俺も冷や汗が湧いてくる。



「ケーブルの色が……暗くて見えん……」

 ケーブルは色違いの複数の物が束ねられていたから、色が分からないと直せないが、船内は真っ暗だった。

「え!? 明かりになるものないんですか?」

「忘れてしもうた……」

 俺は絶句した。



 太陽は後ろ側で陽の光は射さず、フロントガラスからわずかに海王星の青い照り返しがあるぐらいだったが、それは月夜よりも暗かった。

「……。お主……、明かり……もっとらんか?」

「えっ!? 持ってないですよそんなの!」

「あ――――、しまった。これは見えんぞ……」

 レヴィアは暗闇の中でケーブルをゴソゴソやっているようだが、難しそうだった。

「手探りでできませんか?」

「ケーブルの色が分からないと正しい接続にならんから無理じゃ」

「試しに繋いでみるってのは?」

「繋ぎ間違えたら壊れてしまうんじゃ……」

 俺は絶句した。

「電源さえ戻れば光る物はあるんじゃが……」

 レヴィアがしょんぼりとして言う。

「魔法とかは?」

「海王星で魔法使えるなんてヴィーナ様くらいじゃ」

「そうだ、ヴィーナ様呼びますか?」

「……。なんて説明するんじゃ……? 『シャトル盗んで再起不能になりました』って言うのか? うちの星ごと抹殺されるわい!」

「いやいや、ヴィーナ様は殺したりしませんよ」

「あー、あのな。お主が会ってたのは地球のヴィーナ様。我が言ってるのは金星のヴィーナ様じゃ」

「え? 別人ですか?」

「別じゃないんじゃが、同一人物でもないんじゃ……」

 レヴィアの説明は意味不明だった。そもそも金星とはなんだろうか?



 その時だった。



 コォォ――――。



 何やら音がし始めた。

「マズい……。大気圏突入が始まった……」

 後ろからはスカイパトロール、前には大気圏、まさに絶体絶命である。

「ど、どうするんですか!?」

 心臓がドクドクと速く打ち、冷や汗がにじんでくる。

「なるようにしかならん。明るくなる瞬間を待つしかない」

 レヴィアはそう言うと、覚悟を決めたようにケーブルを持って時を待った。

 確かに大気圏突入時には火の玉のようになる訳だから、その時になれば船内は明るくなるだろうが……それでは手遅れなのではないだろうか? だが、もはやこうなっては他に打つ手などなかった。

 徐々に大気との摩擦音が強くなっていく。

 重苦しい沈黙の時間が続いた――――。



      ◇



 いきなり船内が真っ赤に輝いた。

「うわっ!」

 恐る恐る目を開けると目の前に『STOP』という赤いホログラムが大きく展開されている。

「ラッキー!」

 レヴィアはそう言うと、ケーブルに工具を当て、作業を開始する。

「見えさえすればチョチョイのチョイじゃ!」

 そう、軽口を叩きながら手早くケーブルを修復するが、



 パン! パン!



 威嚇射撃弾がシャトルの周辺で次々とはじける。



「レヴィア様ぁ!」

 俺は真っ赤に輝く船内で間抜けな声を出す。



「ホイ、できた! 行くぞ!」

 そう言ってレヴィアがケーブルをしまい、パネルを閉めた。



 ブゥゥン!

 起動音がして操縦パネルが青く光り、船室にも明かりがともった。

 修理できたのは良かったが、スカイパトロールは本気だ。俺はこれから始まる逃走劇に胃がキリキリと痛んだ。