1章 楽しきチート・ライフ

1-1. 見せてやろう、本当の強さとやらを

「ぐわぁぁぁ! 勇者めぇ!!」

 目の前で激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。

 倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開されていく。

 立ち上る灼熱の巨大キノコ雲を目の前にして、俺は愕然(がくぜん)とする。勇者の命を何とも思わない発想はもはや悪魔としか思えなかった。

 彼女……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?

 爆煙たち込める爆心地の灼熱の地獄に突っ込んでいくと、俺は瓦礫の山を必死で掘っていった。

「ドロシー! ドロシー!!」

 自然と溢れ出す涙がポタポタと落ちていく。

 石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。

 見つけた!

「ドロシー!!」

 俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。

「え? なんだ?」

 俺はそーっと手を引っ張ってみる……。

 すると、スポッと簡単に抜けてしまった。

「え?」

 なんと、ドロシーの手は(ひじ)までしかなかったのである。

「あぁぁぁぁ……」

 俺は崩れ落ちた。一体彼女が何をしたというのか? なぜこんな罰を受けねばならないのか?

「うわぁぁぁぁ! ドロシー!!」

 さっきまで美しい笑顔を見せていた彼女はもう居ない。

 俺は狂ったように泣き喚いた。

「勇者……、お前は絶対に許さん……」

 俺はドロシーの腕をきつく胸に抱き、涙をぽたぽたと落としながら復讐を誓った。

      ◇

 準備を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた――――。

「さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!」

 ウワ――――ッ!! ピューィィ――――!!

 超満員の闘技場に勇者が登場し、場内の熱気は最高潮に達した。

 今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦が始まるのだ。

 金髪をキラキラとなびかせて、豪奢(ごうしゃ)なよろいを装備した勇者は、観客に向かって(きら)びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。

 続いて、俺の入場である。

「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」

 呼び声がかかると、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない、ただの会場の作業員と変わらないいで立ちである。

 観客たちはなぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、訳が分からずどよめいている。

「なぜ、お前がここにいる……」

 勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。

「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」

 俺は勇者をにらみながら淡々と返した。

「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」

 勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。

「このクズが……」

 激しい怒りが俺を貫く。

「お前、武器はどうした?」

 何も持ってない俺を見て、(いぶか)しげに勇者は聞いてくる。

「お前ごときに武器など要らん」

 バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。

「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」

 俺はニヤッと笑い、

「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな……、リリアン姫との結婚もあきらめろよ」

 と、いいながら勇者を指さす。

 勇者はあきれた表情で、

「いいだろう……。だが、生意気言った奴は全員殺す……、これが俺様のルールだ」

 そう言って、いやらしく(わら)った。

「約束だからな。こちらも殺しちゃったら……、ごめんね」

 俺は勇者にニッコリと笑いかけた。

 しばし、にらみ合う両者……。

「はい、両者位置について~!」

 レフェリーが叫ぶ。

 勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。

 すると、刀身に青く光る幻獣の模様が浮きあがり、金の装飾が施されたミスリル製のよろいも青く光り始める。

 ウォ――――!

 超満員のスタンドから地響きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。きっとあのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろう。観客たちはそんな野蛮な期待に興奮を隠せなかった。

 俺は青白く浮き上がる『鑑定スキル』のウィンドウを見ていた。勇者のステータスがぐんぐんと上がっていく。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルだ。

 観客からかけ声が上がる。

「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」

 俺は闘技場をぐるりと見まわし、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。

 この勇者は極悪人だ。俺の大切な人を(さら)い、乱暴し、挙句の果てに勇者の仲間ごと爆殺したのだ。観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。

 準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。

「レディ――――ッ! ファイッ!」

 勇者は俺をにらみ、大きく息をすると、

「ゴミが! 死にさらせ――――!」

 と、吠えながら、すさまじい速度で迫り、目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろした。聖剣の速度は音速を超え、ドン!という衝撃波の爆音が空気を切り裂く。

 人族最高レベルの攻撃、見事だ。しかし……

 ガッ!

 俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。

「えっ!? あ、あれ!?」

 勇者はうろたえた。

 あわてて聖剣を構えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。

「ちょっと、何すんだよ!」

 勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。バカなのかな?

「武器なんかに頼っちゃダメだな」

 そう言って、勇者の手から聖剣を奪い取った。

「うわっ! 返せよ!!」

 聖剣を取り上げられてうろたえる勇者。

「約束は守れよ」

 俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の(つば)で勇者の頭をどつき、吹き飛ばした。

 勇者は、

「ぐぉっ」

 と、わめき、間抜けな顔をさらして転がる。

 どよめく観衆。

 俺は聖剣を投げ捨て、勇者をにらむ。

「いたたた……」

 どつかれた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。

「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!!」

 そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先でぬぐいながら、よろよろと立ち上がり、

「許さん! 許さんぞぉ!! ぬぉぉぉぉ!」

 と、わめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に輝き始める。

「ぐぉぉぉぉ!」

 勇者の叫び声は闘技場に響きわたり、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。

 そして、ドヤ顔で俺を見下した。

「見せてやろう、勇者の……、選ばれた者の力を!」

 勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。

「え? 見せて」

 俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の技……どんな技だろうか?

光子斬(フォトンカッター)!」

 勇者は叫びながら両腕を素早く開き、まばゆい光跡から光の刃が俺めがけて放たれる……が、俺はガッカリしながらすかさずそれを叩き落とした。

 光の刃は舞台に落ち、激しい地響きと共に大爆発を起こす。衝撃波は観客席にまで届き、悲鳴が上がった。

 舞台上には爆炎が(きら)めき、舞台の上にはもうもうと煙が上がっている。

「な、なぜだ!」

 勇者は光の刃を叩き落とされたことに動揺を隠せない。叩き落せるなんて勇者も知らなかったのだ。

 次の瞬間、勇者の身体は宙を舞う。

「ぐふぅ!」

 俺は爆煙から『瞬歩』スキルで目にも止まらぬ速さで飛び出すと、アッパーカットで勇者を殴り飛ばしたのだ。

 勇者の身体は大きく宙を舞い……ドスンと落ちて転がる。

 俺はツカツカと勇者に迫った。

 

「き、貴様何者だ!」

 勇者は青い顔をして、じりじりと後ずさりしながら喚く。

「お前もよく知ってるだろ? ただの商人だよ」

 そう言いながら勇者のそばに立ち、指をポキポキと鳴らしニヤッと笑った。

「わ、わかった。何が欲しい? 金か? 爵位か? なんでも用意させよう!」

 勇者はビビりながら交渉を始める。

 俺は勇者を見下ろし、汚いものを見るような目で言った。

「お前は性欲と下らん虚栄心のために俺の大切な人を傷つけ、多くの命を奪った。その罪を(つぐな)え!」

 俺は勇者を蹴り上げ、瞬歩で迫ると、こぶしを顔面に叩きこんだ。

「ぐはぁ!」

 もんどりうって転がる勇者。

 超満員の闘技場は水を打ったように静まり返った。

 人族最強の男がまるで子供のように、いいようにボコボコにされているのだ。観客にとってそれは目を疑うような事態である。

 勇者は俺におびえながら、よろよろと立ち上がると、

「わ、分かった! お前の勝ちでいい、約束も守ろう! あ、握手だ、握手しよう!」

 そう言いながら右手を差し出してきた……。

 俺はしばしその右手を眺め……、チラッと勇者を見る。

「き、君がすごいのは良く分かった。仲良くやろうじゃないか。まず握手から……」

 必死にアピールする勇者。

 俺は無言で右手をつかんでみる。

 すると、勇者はニヤッといやらしい笑みを浮かべながら俺の手をガシッと強くつかみ、叫んだ。

絶対爆雷(サンダーエクスプロージョン)!」

 直後、巨大な雷が天空から降ってきて俺の身体を貫いた。

 会場を光で埋め尽くす激烈な閃光は熱を帯び、激しい地鳴りと共に俺の身体から爆炎がゴウッと立ち上る。

 キャ――――!!

 あまりの衝撃に観客からは悲鳴が巻き起こった。

「バカめ! 魔王すら倒せる究極魔法で黒焦げだ! ハーッハッハッハー!」

 勇者が高らかに笑う。

 爆炎は高く天を焦がし、放たれる熱線は闘技場一帯を熱く照らした。観客たちはあまりの熱さに顔を(おお)う。

 勝利を確信した勇者だったが……、収まってきた爆炎の中に鋭く青く光る目を見た。

「え……?」

 そして、右手が握りつぶされ始めたのを勇者は感じた。

「お、お前まだ生きてるのか!? ちょ、ちょっと痛い! や、止めてくれ!」

 もだえる勇者。

 チートで上げまくった俺の魔法防御力は、勇者の魔法攻撃力をはるかに上回っているのだ。効くわけがない。

 俺は無表情でさらに強く勇者の手を握る。ベキベキベキッと音を立てながら手甲ごと潰れる勇者の右手。

「ぐわぁぁぁ!」

 思わず尻もちをついて無様にうずくまる勇者。

「嘘つきの卑怯者が……」

 俺は勇者に迫ると顔面を思いっきり蹴り上げた。

 ゴスッという嫌な音と共に勇者が吹き飛び、真っ赤な血が飛び散って闘技場を染めた。

「きゃぁっ!」「うわっ!」

 観客から悲痛な声が漏れる。

 俺がスタスタと近づくと、勇者はボロボロになりながら

「わ、悪かった……全部俺が悪かった。は、反省する……」

 と、ようやく罪を認めた。

 俺は勇者のよろいをつかみ、持ち上げると言った。

「今後一切、俺や俺の仲間には関わらないこと、リリアン姫との結婚は断ること、分かったな?」

 勇者は腫れあがった顔をさらしながら、

「わ、分かった」

 と言った。

 俺はもう一発、(こぶし)でこづくと、

「『分かりました』だろ?」

 と、すごんだ。

 目を回した勇者は小さな声で、

「す、すみません、分かり……ました」

 そう言ってガクッと気を失った。

 俺は勇者を舞台の外に無造作に放り、レフェリーを見る。

 呆然(ぼうぜん)としていたレフェリーは、俺の視線に気づいてあわてて叫ぶ。

「しょ、勝者……、えーと……ユーター!」

 この瞬間、俺は武闘会優勝者となった。

 俺はちょっとすっきりして右手を高く掲げる。

 観客は、何があったかよく分からない様子だった。

 人族トップクラスの強さを誇る王国の英雄、勇者が、ただの街の商人にボコボコにされ、倒されたのだ。一体これをどう理解したらいいのか、みんな困惑していた。

 まぁ、それは仕方ない。もちろん、勇者は強い。俺以外なら世界トップだろう。だが、チートでひそかに鍛えていた俺のレベルは千を超えている。職種こそ『商人』ではあるが、これだけレベル差があるとたとえ『勇者』だろうが瞬殺なのだ。勝負になどなりようがない。

 闘技場に集まった数千の観客たちはどよめいていた。

 この平凡な街の商人が、勇者を倒せるのだとしたら、勇者とは何なのか? 観客たちはお互い顔を見合わせて首をひねるばかりだった。

 俺はそんなザワザワしている観客たちをぐるっと見回し……、そして、貴賓席に向かって胸に手を当て、姿勢を正した。

 コホンと軽く咳ばらいをし、豪奢(ごうしゃ)な椅子にふんぞり返って座る王様に向かって大きく張りのある声で叫んだ。

「国王陛下、この度は素晴らしい武闘会を開催してくださったこと、謹んで御礼申し上げます! ご覧いただきました通り、優勝者はわたくしに決まりました! つきましては、リリアン姫との結婚をお許しいただきたく存じます!」

 王様の隣で可憐なドレスに身を包んだ絶世の美女、リリアンは両手を組み、感激のあまり目には涙すら浮かべていた。

 王様はあっけにとられていたが、俺の言葉を聞いて激怒した。

「商人ごときが王族と結婚などできるわけなかろう! ふ、不正だ! 何か怪しいことを仕組んだに違いない! ひっとらえろ!」

 王様の掛け声で警備兵がドッと舞台に上って俺を包囲する。

 しかし、レベル千の俺からしたら雑兵など何の意味もない。体操競技選手のようにタンッと飛び上がり、クルクルッと回りながら警備兵を飛び越えると、

「みんな! ありがとー!」

 と、観客席に手を振ってそのままゲートを突破し、退場した。

 リリアンとの約束は『勇者との結婚を(はば)むこと』。これでお役目終了だ、ホッとした。

 遠くの街まで逃げてまた商人を続ければいい、金ならいくらでもあるのだ。

 だが、世の中そう簡単にはいかない。この世界は俺のようなチートを見逃してはくれないのだった。

 ともあれ、なぜこんなことになったのか、順を追って語ってみたい。








1-2. 転生したら孤児だった件



 俺は瀬崎(せざき)(ゆたか)、なんとか憧れの大学には入ったものの折からの不景気で就活に失敗。アルバイトをしながらのギリギリの暮らしに転落してしまった。

 遊びまわる金もなく、ゲームばかりの毎日。しかも無課金だから、プレイ時間と技で何とか食らいついていくような惨めなプレイスタイルだった。必死になった分、ゲームシステムの隙をつくような技にかけては自信はあるのだが……、そんなスキルあっても全く金にはならないんだよなぁ……。

 カップラーメンや菓子パン詰め込んで朝までゲーム、そしてバイト……。こんな暮らしがいつまでも続くわけがない。ある日、ついに不摂生がたたり、ゲームのイベント周回中に心臓が止まった。



「うっ」

 いきなり襲ってきた強烈な胸の痛み。



「ぐぉぉぉ!」

 俺は椅子から転げ落ち、のたうち回る。苦しくて苦しくて、冷や汗がだらだらと流れてくる。

 きゅ、救急車……呼ばなきゃ……ス、スマホ……。

 しかし、あまりに苦しくてスマホを操作できない。

 ぐぅ……死ぬ……死んじゃう……。

 目の前が真っ暗になり、急速に意識が失われていく。

「え、これで終わり……? そ、そんなぁ……」

 これが現世での最後の記憶である。

 

 俺はキラキラと輝く黄金の光の渦の中に飲み込まれ、溶け込んでいくような感覚に包まれながらこの世を去ったのだった。



 人生ゲームオーバー――――。



     ◇



「……豊さん……」

 誰かが呼ぶ声がする……。



「……豊さん……」

 何だ? 誰だ? 俺はゆっくりと目を開けた。



「あ、豊さん? お疲れ様……分かるかしら?」

 気が付くと俺は光あふれる純白の神殿で、美しい女性に起こされていた。



「あ、あれ? あなたは……?」

 俺は急いで体を起こし、目をこすりながら聞いた。



「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」

 そう言って、にっこりと美しい笑顔を見せた。



「え? あれ? 俺死んじゃった……の?」

「そうね、地球での暮らしは終わりね。これからどうしたい?」

 ヴィーナは優しく微笑んで、俺の目をのぞき込む。



「え? どうしたいって……、転生とかできるんですか?」

「そうね、豊さんはまだ人生満喫できていないし、もう一回くらいならいいわよ」

 やった! 俺は目を輝かせ、両手を合わせて祈るように言った。

「だったら……チートでハーレムで楽しい世界がいいんですが……」

 すると、ヴィーナはまたかというように、首を振り、うんざりした表情を見せる。



「ふぅ……最近みんな同じこと言うのよね……。そう簡単にチートでハーレムなんて用意できないわよ」

 ちょっと不機嫌になってしまった。確かに同じ世界にチートハーレム勇者を何人も配置できるわけがない。贅沢な望みだったか。しかし、これは次の人生に関わる重要なポイントだ、なんとかいい条件を勝ち取らねば……。



「じゃ、チートだけでいいのでお願いしますぅ」

 俺は必死に頼み込む。

 その無様な俺の姿を、ため息をつきながら見つめるヴィーナ。



「ふぅ……、しょうがないわねぇ……じゃぁ特別に『鑑定スキル』付けておいてあげましょう」

 そう言ってヴィーナは何やら空中を操作してタップした。『鑑定スキル』というのは一般には、アイテムやモンスターなどの詳細情報を空中の画面に表示してくれるスキルである。ただ、情報が分かるだけで強くなるわけではないので、上手く使うには骨が折れそうなスキルだ。



「え~、鑑定ですか……」

「何よ! 文句あるの?」

 ギロっとにらむヴィーナ。

「い、いえ、鑑定うれしいです!」 

 急いで手を合わせてヴィーナに(おが)む俺。と、ここで俺はこのセリフ、にらみかた、どこかで見覚えがあることに気づいた。



「……、よろしい! では、準備はいいかしら?」

 ニッコリと笑うヴィーナ。

「も、もしかして……美奈(みな)先輩ですか?」

 そう、ヴィーナは大学時代のサークルの先輩に似ていたのだ。



「じゃぁ、いってらっしゃーい!」

 俺の質問を無視し、強引に見切り発車するヴィーナ。

 テーマパークのキャストのように、ワザとらしい笑顔で手を振る。

「いや、あなた、やっぱり美奈(みな)先輩じゃないか、こんなところで何やって……」

 俺はすぅっと意識を失った。



      ◇



 皆が寝静まる深夜、俺はベッドで目が覚めた。

「え? あれ?」

 俺はこぢんまりとした孤児院で暮らす十歳の少年、ユータ……だが……。

 むっくりと体を起こし、周りを見回す。

 ここは子供用三段ベッドの中段、右も左も三段ベッドが並び、孤児だらけ。窓から差し込む淡い月明かりが(すす)こけたカーテンを照らし、静かに現実を浮かび上がらせる。

「いやいやいや、何だこれは?」

 混乱した俺は目をつぶり、記憶を呼び覚ます。

 俺はここで暮らしている孤児……だが、日本で暮らしていた記憶もありありと思いだされる。あの豪華なグラフィックだったMMORPGの攻略方法まで詳細に覚えている。特殊な薬草集めて金貯めて、装備を整えてダンジョン行くのが最高効率ルート。途中、バグ技使って経験値倍増させるのがコツだった。妄想なんかじゃない。

 と、なると……俺はこの少年に無事転生したってこと……なんだろうな。

 俺はベッドに腰掛け、周りを見る。隣のベッドに寝ているのは……そうそう、親友のアルだ。幸せそうにすやすやと寝ている。



 そうだ、俺は孤児であり転生者、やった! 二回目の人生だ、今度の人生は上手くやってやるぞ! と思ったが……孤児? 女神様ももうちょっと気を使ってくれてもいいのに。貴族の息子の設定とかでもよかったんだよ? 俺はあの先輩に似た女神様を思い出し、ふぅっとため息をつく。

 なんともハードなスタートだよ。

 えーっと……。何か特典を貰っていたな……。確か……『鑑定』、そうだ! 鑑定スキル持ちなはずだぞ。

 だが、どうやるかまで聞いてなかった。

 俺はアルに向かって、

「鑑定……」

 とつぶやいてみた……。



 だが……何も変わらない。

 おいおい、女神様……。マニュアルくらい無いのかよ……。俺はちょっと気が遠くなった。

 ゲームでは指さしてクリックだったが……クリックってどこを?

 試しにアルを指さしてみたが、そんなので出てくるはずがない。

 俺は途方に暮れ、大きく息を吐き、月明かりの中幸せそうに寝てるアルをボーっと見つめた。

 鼻水の跡がそのまま残る汚い顔、何かむにゃむにゃ言っている。一体どんな夢を見ているのだろうか……。

 まさか親友が異世界転生の20代のゲーマーだとは思ってもみなかっただろう。

 アルが鑑定出来たらどんなデータが出るのかな……レベルとか出るのかな……。

 と、その時だった。



 ピロン!

 頭の中で音が鳴っていきなり空中にウィンドウが開いたのだ。

「キタ――――!!」

 俺は思わずガッツポーズ。

 どうも心の中で対象のステータスを意識すると自動的に『鑑定ウィンドウ』が開く仕様になっているらしい。俺は興奮しながら中を見ていった。



アル 孤児院の少年
剣士 レベル1



 と、ある。他にもHP、MP、強さ、攻撃力、バイタリティ、防御力、知力、魔力……と並んでいるが、どの位あるとどうなんだというのまではよく分からない。ただ、HPが0になったら死ぬのだろう。ここは要注意だな。



 自分を鑑定するにはどうしたらいいか……だが。良く分からないので、「ステータス!」と、言ってみた。

 すると、空中にウインドウが開き、俺のステータスが出た。なるほどなるほど!

 喜び勇んで中を見ると……。



ユータ 時空を超えし者
商人 レベル1



 しょ、商人だって!?

 何だよ、女神様……。そこは勇者とかじゃないのかよ! せめてアルみたいに剣士にしておいて欲しかった。トホホ……。



 明らかに異世界向きじゃないハズレ職に俺は意気消沈である。

 その後、手近な仲間を一通り鑑定したが、皆ただの孤児院の子供ばかり。特殊な属性持ちは見当たらなかった。



 さて、俺はこの世界で何を目指せばいい? 商人じゃ派手な冒険は無理だ。となると、金儲け特化型プレイ? うーん、どうやったらいいんだ?

 うーん……

 まぁいいや、明日ゆっくり考えよう。

 俺はベッドに横たわり、毛布に(くる)まった。明日からの暮らしはどう変わるかな……。とりあえず、なんでも全部鑑定してみよう。隠された真実が分かるかもしれないぞ。ワクワクした気持ちを温かく感じながら、静かに目を閉じた。













1-3. 強姦魔の恐怖



「キャ――――!!」

 窓の外からかすかに女の子の悲鳴が聞こえた。

 空耳かとも思ったが、それにしてはリアルだった。

 そっと窓の外を見ると、離れの倉庫の窓がかすかに明るい。あんなところ、夜中に誰かが使う訳がない。

 俺は窓からそっと降りると、はだしで倉庫まで行って中を覗いた……。



 見ると、女の子が服をはぎ取られ、むさい男に組みしかれていた。膨らみ始めた白くきれいな胸が、揺れるランプの炎に照らされて妖艶に彩られる。

 女の子は刃物をのどぶえに押し当てられ、涙を流している。ドロシーだ!

 ドロシーは十二歳、可愛いうえに陽気で明るいみんなの人気者。俺も何度彼女に勇気づけられたかわからない。絶対に救わなくては!

 しかし……、どうやって?



 男はズボンを下ろし始め、いよいよ猶予がなくなってきた。

 俺は急いで鑑定で男を見る。



イーヴ=クロデル 王国軍二等兵士
剣士 レベル35



 なんと、兵士じゃないか! なぜ兵士が孤児院で孤児を襲ってるのか?

 俺は必死に考える。レベル1の俺では勝負にならない。しかし、大人を呼びに行ってるひまもない。その間にドロシーがいいように(もてあそ)ばれてしまう……。

 考えろ……考えろ……。

 心臓がドクドクと激しく打ち鳴らされ、冷や汗が浮かんでくる。

 ドロシー……!



 俺は意を決すると、窓をガッと開け、窓の中に向け叫んだ。



「クロデル二等兵! 何をしてるか! 詰め所に通報が行ってるぞ。早く逃げろ!」

 いきなり名前を呼ばれた男は焦る。もちろん子供の声は不自然だが、身分も名前もバレているという事実は想定外であり、焦らざるを得なかった。

 急いでズボンを上げ、チッと舌打ちをするとランプを持って逃げ出していった。



「うわぁぁぁん!」

 ドロシーが激しく泣き出す。俺は兵士が通りの向こうまで逃げていくのを確認し、ドロシーの所へ駆け付けた。

 涙と鼻水で可愛い顔がもうぐちゃぐちゃである。

 俺は泣きじゃくるドロシーをそっと抱きしめた。

「もう大丈夫、僕が来たからね……」

「うぇぇぇ……」

 ドロシーはしばらく俺の腕の中で震えて泣き続けていた。



 十二歳のまだ幼い少女を襲うとか本当に信じられない。俺は憤慨しながら抱きしめていた。

 しばらくして落ち着いてきたので話を聞いてみると、トイレに起きた時に、倉庫で明かりが揺れているのを見つけ、何だろうと覗きに行って捕まったということだった。

 窓から入ってくる淡い月明かりに綺麗な銀髪が美しく揺れ、どこまでも澄んだブラウンの瞳から涙がポロポロと落ちる。



 俺はまたゆっくり抱きしめると、何度も何度もドロシーの背中を優しくなでてあげた。



『ドロシーに幸せが来ますように……、嫌なこと全部忘れますように……』

 俺は淡々と祈った。



        ◇



「ハーイ! 朝よ起きて起きて!」

 衝撃の夜は明け、アラフォーの、かっぷくのいい院長のおばさんが、あちこちの部屋に声をかけて子供たちを起こしていく。



「ふぁ~ぁ」

 あの後ベッドに戻ったが、ちょっと衝撃が大きく、しばらく寝付けなかったので寝不足である。

 俺は目をこすりながら院長を鑑定する。





マリー=デュクレール 孤児院の院長 『闇を打ち払いし者』
魔術師 レベル89





「えっ!?」

 俺は一気に目が覚めた。

 何だこのステータスは!? あのおばさん、称号持ちじゃないか!

 今までただの面倒見のいいおばさんだとしか認識してなかったが、とんでもない。一体どんな活躍をしたらこんな称号が付くのだろうか? 人は見かけによらない、とちょっと反省した。



 食堂に集まり、お祈りをして朝食をとる。ドロシーはまぶたが腫れて元気ない様子だったが、それでも俺を見ると小さく手を振って微笑んでくれた。後で兵士に手紙を書いて、今後一切我々に近づかないようにくぎを刺しておこうと思う。彼も大事にはしたくないだろう。兵士が孤児の少女を襲うとかとんでもない話だ。

 また、院長にもちゃんと報告しておこう。ただ、詳細に言うと鑑定スキルのことを話さなくてはならなくなるので、あくまでも倉庫の周りを男が歩いていたので大声で追い払ったとだけ伝えておく。



「あれ? ユータ食べないの?」

 そう言ってアルが俺のパンを奪おうとする。俺はすかさず伸びてきた手をピシャリと叩いた。

「欲しいなら銅貨二枚で売ってやる」

「何だよ、俺から金取るのか?」

 アルは膨れて言う。

「ごめんごめん、じゃ、このニンジンをやろう」

 俺が煮物のニンジンをフォークで取ると、

「ギョエー!」

 と言って、アルは自分の皿を後ろに隠した。

 

 食事の時間は(にぎ)やかだ、悪ガキどもがあちこちで小競り合いをするし、小さな子供はぐずるし、まるで戦場である。

 俺も思い出せば、昨日までは結構暴れて院長達には迷惑をかけてきた。これからは世話する側に回らないとならん。中身はもう20代なのだから。



 俺は硬くてパサパサしたパンをかじりながら、どうやって人生成功させたらいいか考える。孤児の身では一生うだつが上がらない。活躍もハーレムも夢のまた夢だ。俺が使えるのは唯一『鑑定』だけ。鑑定でひと財産築こうと思ったら……商売……かなぁ。『商人』だしな。しかし、商売やるには元手がいる。何で元手を稼ぐか……。ゲームの時は薬草集めからスタートしたから、まずは薬草集めでもやってみるか……。



 俺は食後に院長の所へ行き直談判する。

「院長、ちょっとお話があるんですが……」

「あら、ユータ君……何かしら?」

 昨日とは人が変わったような俺の言動に、やや警戒気味の院長。

 まずは昨晩のことを話し、子供たちに被害が出ないようにお願いした。

「あら、それは怖かったわね……。分かったわ、ありがとう」

 院長は対策について頭をひねって何か考えている様子だった。



「それからですね、実は薬草集めをして、孤児院の運営費用を少しですが稼ぎたいのです」

「えっ!? 君が薬草集め!?」

 目を丸くして驚く院長。

「もちろん安全重視で、森の奥まではいきません」

「でもユータ君、薬草なんてわからないでしょ?」

「それは大丈夫です。こう見えてもちょっと独自に研究してきたので」

 俺はにっこりと笑って胸を張って言う。

 いぶかしそうに俺を見る院長。そして、部屋の脇に吊るされていた丸い葉の枝を持ってきて俺に見せた。

「これが何かわかったらいいわよ」

 ドヤ顔の院長。

 なるほど、これは全く分からない。子供たちに使ってる薬草とも違う。

 しかし、俺には『鑑定』があるのだ。



 テンダイウヤク レア度:★★★
 月経時の止痛に使う



 なるほど、自分に使う薬だったか。

「テンダイウヤクですね、女性が月に一度使ってますね」

 俺は涼しげな声で答えた。

「え――――!!」

 驚いた院長は目を皿のようにして俺を見つめる。

「早速今日から行ってもいいですか?」

 俺はドヤ顔で聞いてみる。

 院長は目をつぶり、何かをしばらく考え……、

「そうよね、ユータ君にはそう言う才能があるってことよね……」

 と、つぶやき、

「わかったわ、でも、絶対森の奥まで行かないこと、これだけは約束してね」

 と、俺の目をまっすぐに見()えて言った。

「ありがとうございます。約束は守ります」

 俺はにっこりと笑う。



 その後、院長は薬草採りのやり方を丁寧に教えてくれた。院長も駆け出しのころはよくやったそうだ。



 俺の中身は20代、いつまでも孤児院の世話になっているわけにはいかない。早く成功への手掛かりを得て、自立の道を目指すのだ!



















1-4. マジックマッシュルームの衝撃



 街の西側にあるでかい城門を抜けると麦畑が広がっている。今日はいい天気、どこまでも続く青空がとても気持ちいい。風がビューっと吹き、麦の穂が黄金色に輝きながら大きく揺れ、麦畑にウェーブが走る。俺は麦わら帽子が飛ばされないよう、ひもをキュッと絞った。

 この街道は、山を越えてはるか彼方王都まで続いているらしい。いつか商人として成功して、王都にも行ってみたい。そのためにはまずは元手だ。今日が俺の商人としてのスタートなのだ。絶対に成功させてやる。

 俺は麦畑の続く一本道を二時間ほど歩き、森の端についた。奥まで行くと恐ろしい魔物が出るらしいが、この辺りだと昼間であれば魔物の危険性はほとんどない。

 「護身用に」と院長から渡された年季ものの短剣が腰のホルダーにあることを確認し、大きく深呼吸して森の中へと入っていった。

 目につく植物は片っ端から鑑定し、レア度が★3以上の物を探す。

 しかし……、ほとんどが★1の雑草なのだ。あっても★2まで。分かってはいたが、ちょっと気が遠くなる。

 一時間ほど探し回ったが収穫はゼロ。まずい、このままでは帰れない。焦りが広がる。

 ちょっと先に小川が流れ、(がけ)になっている所を見つけた。

 崖は植生が変わっているので、期待大である。一目でたくさん鑑定できるので効率もいい。

 しばらく川沿いに歩きながら見ていくと……、見つけた!

 

アベンス レア度:★★★★
悪魔(ばら)いの効能がある



 これは凄い! いきなり★4である。俺は興奮して駆け寄った。

 しかし……崖の上の方に生えていて簡単には採れそうにない。三階建ての家の高さくらいだろうか、落ちたら死ぬだろう。

 諦めるか……命を懸けるか……俺はしばし悩んだ。

 小川のせせらぎがチロチロと心地よい音を立て、鳥がチチチチと遠くで鳴いている。



「よしっ!」

 俺は両手のひらで頬をパンパンとはたくと覚悟を決めた。俺は今度こそ人生成功するのだ。崖ぐらいで日和(ひよ)っていられないのだ。俺は崖にとりつき、ひょいひょいと登り始めた。



 子供の身体は軽い分、こういう時は有利ではあるが、それでも落ちたら死ぬのだ。俺は下を見て、予想以上の高さに心臓がキュッとする。

 何度も諦めそうになったが、徐々に体のホールド方法が分かってきて、最後にはなんとかたどり着くことができた。

 短剣で薬草を根元から丁寧に採集し、バッグに突っ込む。思わずにやけてしまう。きっと銀貨1枚くらい……日本円にして1万円くらいにはなるに違いない。

 だが、今度は降りなければならない。降りるのは登る何倍も難しい。チラッと下を見ると地面ははるか彼方下だ。俺は泣きそうになりながら丁寧に一歩ずつ降りていく。お金を稼ぐというのは命懸けなのだ……。

 ゲームばかりやっていたから体の動かし方が良く分からない。せめてボルダリングくらいやっておけばよかった。後悔しながら一歩一歩冷や汗垂らしながら降りていく。

 どの位時間がかかっただろうか? 俺はようやく安心できる高さにまで降りてくることができた。

 ふぅ……、良かった良かった……

 と、気を抜いた瞬間だった。足元の岩が崩れ、俺は間抜けに落ちて行く……。



「ぐわぁ!」

 思いっきりもんどりうって転がる俺。

 安心した瞬間が一番危険である。俺は身をもって学ばされた。

 ゴロゴロと転がり、小川に落ちる寸前でようやく止まった。



「いててて……」

 身体をあちこち打ってしまった。ひじから血も出ている。死ななかっただけましだが、痛い……。

 体を起こそうとすると、目の前の倒木の下にプックリとした可愛いキノコが生えているのを見つけた。見慣れない形をしている……。

 何の気なく鑑定をかけてみると、なんと★5だった。

「ええっ!?」



マジックマッシュルーム レア度:★★★★★
マジックポーション(MP満タン)の原料



「キタ――――!」

 ケガの功名である。

 これは高く売れるんじゃないだろうか?

 俺はケガの痛みなど全部吹っ飛び、飛び上がって思いっきりガッツポーズ。



「やったぞ! いける! いけるぞぉ!」

 俺は思わず叫び、そして大きく笑った。

 フリーターでゲームに逃げていた俺は今、異世界で新たな人生をつかみ取った。

 俺はただの孤児では終わらない、成功への道を一歩踏み出した実感に打ち震えた。



 その後、★3をいくつか採集し、陽も傾いてきたので帰ることにする。

 院長に教わった通り、来た道には短剣で木の幹に傷を付けてきているので、帰りはそれを丁寧にトレースしていく。ここは魔物もいる森、道に迷ったら死ぬのだ。この辺りは基本に忠実に慎重にやろうと決めている。



    ◇



 早足で街に戻り、夕陽に赤く染まった石畳を歩いて薬師ギルドを目指す。街は正式には『峻厳(しゅんげん)たる城市アンジュー』という名前で、王様が支配する王国となっている。街の作りは中世ヨーロッパ風になっており、建物は多くが石造りだ。ごつごつとした壁の岩肌が夕陽に照らされて陰影をつくり、実に美しい。カーン、カーンと遠くで教会の鐘が鳴っている。早く帰らないと院長が心配してしまう。



 裏通りにある薬師ギルドに入ると、壁には薬瓶がずらりと並び、カウンターの向こうには壁一面に小さな引き出しのついた棚が備えてあった。漢方薬っぽい匂いが漂う。たくさんの種類の薬が製造され、売られているのだろう。



「あら、僕、どうしたの?」

 受付の女性がにこやかに声をかけてくる。

 髪の毛をお団子にまとめ、眼鏡をかけた理知的な女性だ。俺に向けてかがんだ時に白衣のなかで豊満な胸が揺れた。



「薬草を採ってきたので買い取って欲しいんです」

 俺はちょっと顔を赤らめながら背伸びして、バッグの中から取ってきた薬草を出して見せる。



「あら! これ、マジックマッシュルームじゃない!」

 驚く受付嬢。

「買い取ってもらえますか?」

「もちろん、大丈夫だけど……僕が自分で採ったの?」

 困惑の目で俺を見る。

「マジックポーションの材料ですよね。僕詳しいんです。さっき森で採ってきました」

 俺はそう言ってにっこりと笑った。

「うーん、親御さんは何て言ってるの?」

 まぁ、そう聞くのは仕方ないだろう。

「僕に親はいません」

 そう言って、うつむくしぐさを見せた。

「あ、それは……ごめんなさいね」

 聞いちゃいけないことを聞いちゃった、と焦る受付嬢。

 孤児というのはこういう時はいいのかもしれない。



 その後、ギルドの登録証を作ってもらい、買取をしてもらった。

 金貨1枚に銀貨3枚、日本円にしたら十三万円。一日でこれは大成功と言えるのではないだろうか? もちろんマジックマッシュルームが見つけられたからなのだが、幸先良いスタートとなった。

 俺はホクホクしながら帰り道を急ぐ。ポケットの中で揺れる金貨と銀貨を指先で確認しながら、こみ上げてくる喜びで思わずスキップしてしまう。日本では時給千百円で怒鳴られこき使われていたことを考えると、異世界はなんて最高な所だろうか。



 俺は金貨一枚を自分の報酬として、銀貨三枚を孤児院に寄付することにした。俺が今後大きく成功し、孤児院に還元していくことが一番重要なので、今は院長には銀貨で我慢してもらおう。そのうち金貨をドサッと持って行って驚かせてやるのだ!













1-5. ゴブリンの洗礼



 すっかり暗くなって孤児院へ戻ると、夕食の準備が進んでいた。

「院長~! ユータが帰ってきたよ~!」

 誰かが叫ぶと、院長が奥から出てきた。

 俺を見るなり院長は走ってやってきて、

「ユータ! 遅いじゃない!」

 と、怒り、そして

「大丈夫?」

 と、少しかがんで俺の目を見つめ、愛おしそうに頭をなでた。

 俺はポケットから銀貨三枚を出して言った。

「遅くなってごめんなさい。僕からの寄付です。受け取ってください」

「えっ!? これ、どうしたの?」

 目を丸くして驚く院長。

「薬草が売れたんです」

 すると、院長は目に涙を浮かべ……、俺をガバっと抱きしめた。

 俺は院長の豊満な胸に包まれて、ちょっと苦しくなってもがいた。

「ちょ、ちょっと苦しいです」

 孤児院の経営は厳しい。窓が割れても直せず、雨漏りも酷くなる一方だ。そんな中で、十歳の孤児が寄付してくれる、それは想定外の喜びだろう。

 院長はしばらく涙ぐんで抱きしめてくれた。

 ただ、手足が傷だらけなことを見つけると、長々とお説教をされた。

 確かに崖の採集には工夫が必要だ。明日からは柿採り棒みたいな採集道具は持って行こうと思った。



 アルは銀貨を見て、

「えっ!? 俺も行こうかなぁ……」

 と、言ってきたが、

「森まで二時間歩くよ、そこから森の中をずっと行くんだ」

 と、説明したら、

「あー、俺はパス!」

 と言って、走って逃げてしまった。十歳の子供には荷が重かろう。



 それからは森通いの日々だった。日曜日はミサがあるので休みにしたが、それ以外は金稼ぎに専念した。

 平均すると毎日七万円程度の稼ぎになり、孤児院に二万円ほど入れるので、毎日五万円ずつたまっていく計算だ。実に順調なスタートだと言える。



       ◇



 その日もいつものように朝から森に出かけた。

 近場はあらかた探しつくしてしまったので、ちょっと奥に入ることにする。

 いつもより生えている木が太く、大きいが、その分、いい薬草が採れるかもしれない。



 鑑定をしながらしばらく森を歩くと、奥の方でパキッと枝が折れる音がした。

 俺はビクッとして、動きを止める。



『何かいる……』

 冷や汗がブワッと湧き、心臓がドクドクと音を立て始めた。

 物音はしないが、明らかに嫌な気配を感じる。

 何者かがこちらをうかがっているような、密やかな殺意が漂ってくる。



 俺はそーっと音がした方に鑑定スキルをかけていく。

 

 

ウッドラフ レア度:★1

カシュー レア度:★1

キャスター レア度:★1

ゴブリン レア度:★1
魔物 レベル10





 俺は血の気が引いた。

 魔物だ、魔物が出てしまった。

 ゴブリンは弱い魔物ではあるが、俺のレベルは1だ。まともに戦って勝てる相手じゃない。今、俺は死の淵に立っている。

 どうしよう……、どうしよう……。

 必死に考える。

 木の上に逃げる?

 ダメだ、そんなの。下で待ち続けられたらいつかは殺されてしまう。

 やはり、遠くへ逃げるしかないが、どうやったら無事に逃げられるのか……。



 俺は気づかないふりをしながら、そーっと今来た道をゆっくりと歩きだし……、

 バッグも道具も一斉に投げ捨て、全速力で駆けだした。



「ギャギャ――――ッ!」「ギャ――――!」

 後ろで二匹のゴブリンが叫び、追いかけてくる音がする。

 絶体絶命である。

 全く鍛えていない十歳の子供がどこまで逃げられるものだろうか? 絶望的な予感が俺を(さいな)む。

 しかし、捕まれば殺される。俺は必死に森の中を走った。

 森に入ってまだ十分くらい。数分駆ければ街道に抜けられるだろう。そして、街道に出たら、助けてくれる人が出るまで街道を走るしかない。



 ハァッ! ハァッ! ハァッ!



 息が苦しく酸欠で目が回ってくる。



「ギャッギャ――――ッ!」「ギャ――――!」

 すぐ後ろから迫るゴブリン。距離はドンドン縮まっている。ヤバい!



 最後の急坂を全速力で駆け下り、街道に出る。すると遠くに男の人がいるのを見つけた。俺は大声で叫びながら駆ける。



「助けて――――!!」



 ゴブリンもすぐ街道まで下りてくると、一匹が俺をめがけて槍を投げてきた。

 槍はシュッと空気を切り裂き、激痛が俺の脇腹を貫く。

「ぐわぁぁ!」



 俺はもんどりうって転がった。

 槍は少しそれていたおかげで、わき腹を少しえぐっただけにとどまり、その辺にカラカラといって転がる。

「ウキャ――――!!」

 もう一匹のゴブリンは転がった俺をめがけてジャンプし、短剣を振り下ろしながら降りてくる。

 ゼーゼーと荒い息を吐きながら無様に転がる俺にはもう(あらが)うすべがない。もうダメだ!

 俺は腕で顔を覆った……。



 次の瞬間、

「ギャウッ!」

 といううめき声と共に、ゴブリンが俺の隣に落ち、汚い血をまき散らした。



「え!?」

 見ると、ゴブリンの額には短剣が刺さっていた。

「おーい、大丈夫か?」

 遠くから冒険者らしき男性が駆けてくる。

 彼が助けてくれたようだ。

「だ、大丈夫……ですぅ……」

 俺は安堵(あんど)で全身の力が抜け、フワフワとする気分の中、答えた。

 九死に一生を得た。

 殺されたゴブリンは霧のようになって消え、エメラルド色に輝く緑の魔石が残った。

 俺は魔石を初めて見た。そうか、こうやって魔物は魔石になるんだな。



 槍を投げたゴブリンは、冒険者の登場にビビって逃げ始める。

 男性は逃がすまいと、転がった槍を拾い、ダッシュで追いかける。



 俺は自分のステータスウィンドウを開き、状況をチェックした。



HP 5/10



 と、HPが半減している。もう一撃で死ぬらしい。ヤバかった。

 すると、次の瞬間、



 ピロローン!

 と、頭の中で効果音が鳴り響き、いきなりレベルが上がった。



ユータ 時空を超えし者
商人 レベル2



「はぁ?」

 俺は何もやってない。やってないのになぜレベルが上がるのか?

 見ると、遠くで男性が槍でゴブリンを倒していた。

 あのゴブリンを倒した経験値が俺に配分されたということだろう。しかし、男性とはパーティも何も組んでいない。なのになぜ倒れているだけの俺に経験値が振り分けられるのか……? バグだ……、バグのにおいがするぞ! この世界を司るシステムの構築ミス。神様の勘違いだ。ゲーマーの俺だからわかる、バグのにおいだ。



 もしかして……。

 この瞬間、俺はとんでもないチートの可能性に気が付いてしまった。それはゲーマーでかつ、ステータスを見られる俺にしかわからない、奇想天外な究極のチートだった。



「俺、世界最強になっちゃうかも?」

 ズキズキと痛む脇腹の傷が気にならないくらい、最高にハイな気分が俺を包んでいった。