小日向は今日は朝から忙しかった。あっちからもこっちからも「成瀬係長」と呼ばれては「今、行きます」と言い、バタバタしていた。

そんな様子を見ていた、同期の宇賀山悟(うがやまさとる)は「働くねぇ」とそんな小日向をからかっていた。

小日向は「お前、邪魔すんなよ」とキーボードを叩きながら言った。

「イラついてるなぁ」と宇賀山は言うと、「そんなんだから昇進も遅れるわ、彼女もできないわなんだよ」と嫌味を言われた。

ただでさえ、忙しいのにこいつは何を言ってるんだとやはり小日向はイラついたが、そんなことを言ってる暇はなかった。

宇賀山は小日向と同期で入社している。その時、配属は小日向は東京、宇賀山は福岡だった。宇賀山はそこで着実に成績を上げ、福岡のエースとなり、営業二課から営業一課へ行くのではないかと噂になるほどだった。

一方、小日向は成績は宇賀山並みに良いものの、周りに敵を作りやすかったので、東京から大阪、福岡とどんどん南下してきた。なんとか宇賀山と同じポジションにはいるが、なんとなく宇賀山の方がみんなの扱いが良い気がした。

宇賀山は入社当時から、何かと小日向に絡んでくる。別に小日向は社内に友人などいらないと思っていたが、宇賀山のあまりのしつこさに度々飲みに行く仲になってた。特に、福岡に来てからは連日飲みに付き合わされ、宇賀山の彼女の惚気を聞かされていた。

小日向はようやく一息とコーヒーを飲みながら「余計なお世話だよ」と宇賀山に言い返した。

すると宇賀山は「そういえばひなこちゃんどうなったの?」と何気なく聞くので、小日向はコーヒーを吹き出した。

まさに頭はひなこでいっぱいだったので、驚かざるを得なかった。

小日向は「なんでお前が知ってるんだよ」と言うと、宇賀山は「いや、お前最近LINEしてる時ニヤついてるから、誰だろうとトイレ行ってる間に覗いたんだよ」と悪びれもなく言った。

小日向は呆れて、「お前はほんと油断も隙もねぇな」と言った。

宇賀山は「俺に隠し事なんて釣れないなぁ」「俺の小日向くんなのに」と言った。小日向はペッと唾を吐いたふりをし、「キモいからやめろ」と言った。

こんなやりとりをしているが小日向も宇賀山のことは悪く思ってなかった。というのも小日向はこんな性格なので、友達がほとんどいないからである。ましてや、地元でない福岡に友達なんていなかったので、都合が良かった。

すると、コンコンと扉を叩く音がした。小日向は仕事モードに切り替えて、「どうぞ」と言うと、「失礼します」と入って来たのは、どこからどう見ても美人な後輩の山田こころ(やまだこころ)だった。

宇賀山はこころを見るなり、「こころちゃん、小日向が浮気してるよ」と言った。

こころは「えぇ、それは困りますよ、小日向さん。宇賀山さんちゃんと見張っておいてください」とあざとく言った。

特に、小日向のことは下の名前呼びで、宇賀山は苗字呼びで使い分けているところがしたたかだった。

ただ小日向はそんなこと知る由もなく、「ほら、そんな雑談はいいから、資料ちょうだい」と言ったのだった。