ああ、ダメダメ。

 どうしてこんなに眠いの?

 吐き気や嘔吐はマシになったけど、眠気が半端じゃないわ。それでなくっても寝ることが大好きなのに、よりいっそう寝てしまう。

 たったいまも、ウツラウツラしてしまっていた。

 そうだわ。マークはまだ買い物に出かけていないかしら。

 オートミールとヤギのミルクを頼んでおかなくっちゃ。

 それから、伯父様の診察を受けに行こう。

 伯父様の診察から戻って来たら、ちょうどマークが買い物をして「アーチャーの休憩所」によって帰ってくるのと同じくらいの時間になるかもしれない。

 マークに買い物のリストを渡すと、伯父様の屋敷へと向かった。

 伯父様は、パウエル公爵家の屋敷の五軒隣りのクイン伯爵家に住んでいる。診療もおなじ屋敷で行っている。

 クイン伯爵家は、代々皇族お抱えの医師の家系である。娘が医師になることを拒んだため、伯父様が婿養子になって伯爵家を継いだのである。

 ただ、現在は皇族専属の医師は他にいる。伯父様が呼ばれることはないみたい。

 だからこそ、伯父様は貴族相手に診察を行っているのである。

 正直なところ、クイン伯爵家に行くのは気が進まない。

 伯父様の奥様、つまり伯母様とその娘の従姉に会いたくないからである。

 伯母様は、伯父様の前に他の医師を婿養子に迎えていた。だけど、伯母様が伯父様といい仲になったので、その婿養子と離縁して追いだしてしまった。そして、伯父様を迎えた。

 従姉は、伯父様とではなくその前の医師との間の娘である。

 彼女たちは、いつも理不尽な言いがかりをつけてくる。絡みまくってくる。

 いったい、わたしが何をしたというのかしら?

 心の中で問いかけてしまう。
 まぁ、ただ言いがかりをつけたいだけなんでしょうけど。

 母娘の常識外のその態度や言葉は、とても会話にならない。

 だから、出来るだけ会わないようにしている。

 日中、二人は連れもってショッピングやサロンに出向いている。

 このくらいの時間帯なら、会わずにすむかもしれない。

 そういう期待を抱きつつ、徒歩でクイン伯爵家の門をくぐった。壁一面に蔦が絡まっている建物へと向かう。

 残念ながら、わたしの淡い期待は打ち砕かれた。

 玄関の大扉が開いたかと思うと、女性二人が出て来た。それから、二頭立ての馬車に乗りこもうとした。

「あら、ユイじゃない。あいかわらずパッとしないわね」
「お母様、そんな当たり前のことをわざわざ言う必要はありませんわ」

 キツネ顔の母娘は、ほんとうによく似ている。目尻のつり上がり方までそっくりである。

 母親のケイティ・クインがこちらを向くと、娘のメイベルも同様にこちらを向いた。

 一応、伯母と従姉にあたる。失礼なことはしたくない。

 アントニーに恥をかかせたくない。パウエル公爵家の家名に恥じぬ行動をとらねばならない。

「こんにちは。毎日暑いですね。ご機嫌はいかがでしょうか」
「そんなふうに歩きまわったら、暑いにきまっているわ」
「そうよ。パウエル公爵家は、馬車を使わないわけ?飼い葉代の節約でもしているの?」

 伯母と従姉のそんな的外れな言いがかりには慣れている。

「ええ、そうなんです」

 ニッコリ笑ってみせた。

 どんな相手でも、怒りや不快感っといった負の表情は出来るだけ見せたくない。

「せめて銅貨四、五枚分は節約出来ますから」

 ニコニコしながら告げると、二人とも眉間に皺をよせた。

 ヤダ。眉間の皺の本数やより具合までそっくり。

 ふきだしそうになった。

「ふんっ。ほんとうに可愛げがないわね」
「ほんとう。お母様、こんなのを相手にしていては遅れてしまいますわ」
「そうね。行きましょう」

 二人は、けたたましく笑いながら馬車に乗りこんだ。

「こんなの」扱いされてしまった。

 彼女たちは、こちらが泣きそうになったり口惜しそうな表情をするのを望んでいる。さらに言えば、「そういうことを言うのはやめてください」とか、「どうしていつもそういう意地悪を言うんですか」、などと泣き言を言ったり訴えたりするのを期待している。

 わたしは、彼女たちの言うことをいつも笑顔で受け入れ答えてしまう。だから、彼女たちにとっては「こんなのは可愛げがない」存在になるわけね。

 おあいにく様。どうせわたしはそんな存在なのよ。

 馬車を見送ることもせず、さっさと屋敷内に入った。