「大丈夫ですか?」

 そう尋ねようとするのは当然である。

 が、彼は手を上げてわたしに尋ねることを禁じてしまった。

 すると、ベッキーがコップに入った水を丸テーブルの上に置いた。それも、コップは一つではない。

 一つは、わたしの前に置かれた。

 彼はシガーケースくらいの大きさの薬ケースから、手際よく複数の薬を取り出した。それから、それらを口に放り込み、コップの水で流し込んだ。

「アントニー様、お薬の量がまた増えたのではないですか?」

 わたしの知るかぎりでは、彼が服用している薬の量がじょじょに増えている。

「ああ、そうだね。たしかに増えた。それに、薬を飲むことで胃がおかしくなってしまうのかな。以前より食欲がわかないんだ。食っても美味いと感じない。あれほど楽しみにしていた食事も、いまは栄養を補給する為の義務と化している」

 そのことも気にかかっている。

 彼は、一応完食はしている。しかし、それはもともとお皿にのっている料理の量が少ないからである。

 わたしの話をきいて笑いながら食べているのも、食べるという動作自体はつらそうに見える。

 気にかかってはいるものの、もともとの持病に加えてお義父(とう)様とお義母(かあ)様の死や、公爵家を継いだプレッシャーで食事も楽しくないのかなとも思ってしまう。それに、相手がわたしだからかなともかんがえていた。

「そのことを伯父上に話をしたら、胃の薬も飲んだ方がいいと言われてね。だから、また増えたわけだよ」
「その、アントニー様?病は、どういうものなのですか?」

 彼が病にかかったのは、わたしたちが結婚をする前だった。お義父(とう)様のお兄様が医師をしていらっしゃって、彼はずっと伯父様に診てもらっている。

 だけど、彼はわたしには詳しいことを教えてくれない。

 どれだけ尋ねても、うまくはぐらかされてしまう。

「おや、きみも薬を飲むのかい?」

 彼はいまもわたしの前に置かれている水入りのコップを指さし、逆に尋ねてきた。

「え?わ、わたしは……」
「奥様、奥様もお薬を服用されてらっしゃるんじゃなかったんですか?」

 ベッキーが気をきかせてくれたのである。

「なんだって?ユイ、どこが悪いんだ?どうして話してくれなかったんだ?」

 アントニーは、自分のことを棚に上げてムキになっている。

 椅子から立ち上がると、わたしの横に立った。

「大丈夫なのか?」

 どうして?いくらまだ夫婦のふりを続けなければならないからって、わたしのことをこんなに心配する必要なんてないのよ?

 心配する相手を間違っているんじゃない?

 彼に心の中で問いかけてしまう。

「ユイ、なんとか言ってくれ」

 彼のやさしさと気遣いは、わたしの心を傷つけざわめかせる。

 胸が痛くて痛くてたまらない。だから、言葉に出すことが出来ない。

「ユイ、教えてくれ。心配なんだ」

 彼はウッドデッキに片膝をつけ、自分の両手でわたしのそれを包み込んだ。わたしの両腿の上で、二人の四つの手が絡み合う。

 あなたは昨夜、わたしに宣言しましたよね?

 たとえこれが演技だとしても、あなたのいまのやさしさはわたしには酷だわ。

 演技もほどほどにしてほしい。

「アントニー様……」

 やっとのことで声を出したけど、かすれていた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「伯父上には診てもらったのか?」
「はい。吐き気と気鬱がしておりましたので、診てもらいました。ベッキーにお尻を叩かれたもので」

 やっと微笑むことが出来た。

 とはいえ、いつもの天真爛漫な笑みではなく、ひきつった笑みだったでしょうけど。

「それはそうですよ、奥様。もしかしたら病などではなく、おめでたいことかもしれませんから」

 紅茶のポットを持ってきながら、彼女はしかめ面らしく言った。

 その瞬間、アントニーの美貌になんとも言えない表情が浮かんだ。

「まさか、あのときの?そうなのか?もしかして、もしかして……」

 なんてことかしら……。

 彼のこんなにうれしそうな表情を見るのは、いったいいつぶりかしら?