食事は、できるかぎりアントニーと二人でいっしょにとっている。

 彼の内心は、わたしとは顔を合わせたくないのでしょう。しかし、使用人たちの手前いっしょに食事をせざるを得ない。

 とはいえ、彼はいつもわたしの話をちゃんときいてくれている。何かを問えば答えてくれるし、わたしの話に相槌をうったり同意や否定をして、ちゃんと反応してくれる。

 上の空であったり、右から左に抜けているというふうには感じない。

 なにより、わたしのくだらない冗談や話に笑顔になってくれる。

 その笑顔がまた、キュートである。

 彼は、控えめに表現しても美しい顔立ちをしている。それこそ、女性のわたしなんかよりずっと美しい顔である。

 今朝もいつものようにくだらない話で盛り上がった。

 わたしは、小さい頃からだれかを笑わせたり笑顔にしたいと願っている。笑い話をしたり、かわった料理や得意な料理を作ったり、面白い表情をしたりしてだれかを笑わせたり笑顔にすることを心がけている。また、そうすることが大好きである。
 アントニーだけでなくだれかの笑顔を見れば、しあわせを感じることが出来る。

 笑うことは体にいい。笑っていれば、しあわせがやってくる。

 亡くなったお父様とお母様は、いつもそう言っていた。

 だから、わたしたち親子はいつも笑っていた。

 笑うことが苦しくなったのは、その二人が亡くなってからである。

 それでも、いまはアントニーや公爵家の人たちを笑顔に出来ればと、日々がんばっている。

「わたしったら、間違って肥料をぶちまけてしまいました。それはもう、臭くって臭くって。鼻がもげそうになりました。それなのに、ベッキーもマークもお腹を抱えて笑いながら『臭い臭い』って言うだけですよ。ですから、だれもいないのを確認してから、シャツとスカートを脱ぎ捨て、お風呂まで全速力で走らねばなりませんでした」

 昨夜の契約結婚満了の話などなかったかのように、身振り手振りをまじえてアントニーに語った。

 この話をするのは、さすがに朝食中は控えてテラスに移動して食後の紅茶を楽しむときまで待った。

「だからかい?どことなくにおうんだが……」

 テラス用のこぶりの丸テーブルの向こう側で、アントニーが二本の指で鼻をつまんだ。

 美しい顔にいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

「いやだわ。まだ臭いが残っているのかしら?」

 彼は、いつもちゃんとのってくれる。彼のリアクションに、当然わたしもおどけたように返す。

 そう言いながら、ぺちゃんこの鼻をヒクヒクさせて自分で自分のにおいを嗅ぐふりをした。

「ほんとうだわ。うっすらと何かしらの(ふん)、いえ、お花を育てるのに大切なアイテムのにおいがする」

 そして、絶望しているっぽく言ってみた。

 近くで控えているベッキーが笑いだした。

 すると、アントニーも大笑いしはじめる。

 今朝も彼は笑ってくれた。

 だけど、最近アントニーの顔色が冴えないし、どことなく元気がない。

 わたしに気を遣っているの?

 いいえ。それはないわね。

 じゃあ、アナベラと何かあったのかしら?

 下世話なことだけど、彼女とがんばりすぎているとか?

 もしかすると、わたしとの離縁、それからアナベラとの結婚の手続きなどが大変で疲れているのかもしれないわね。

 彼が目尻に涙を溜め、笑っている姿を冷静に見つめた。

 そうね。やはり顔色が悪い。声だってハリがない。

 一目見ただけやちょっときいただけではわからないそれらの変化も、幼い頃からずっといっしょにいるわたしにはわかる。

 お義父(とう)様とお義母(かあ)様が亡くなってからというもの、彼もわたしとおなじでほんのすこしかわってしまった。

 特に彼は、何百年と続くパウエル公爵家を継いだ。両親を亡くした悲しみに加え、わたしにはわからない重責を担い、耐えている。そんな状態なら、だれだって心身ともに疲弊してしまう。

 彼がほんとうに愛している人なら、そんな疲れやプレッシャーから彼を解放出来るかもしれない。

 彼が無理して大笑いしている姿を見ながら、一刻もはやく妻の座をアナベルに譲り、彼の前から消えなければと認識させられてしまう。

 そんなことをかんがえている間でも、笑顔は絶やさないでいる。

 それまで彼の口から出ていた笑声が、不意に止んでしまった。

 ハッとすると、彼は小さく咳き込んでいる。

 そんな彼の姿を目の当たりにすれば、わたしの笑みも消えてしまうのは当然である。