「ベリーのいい香りだ」

 アントニーは、わたしに微笑んだ。

「ええ。この前のブラックベリーのシロップ漬けを使ってみました」
「ああ、だからだね。ほんとうに美味い。伯父上、どうぞ召し上がって下さい。この前、ユイとグリーンアップル湖近くにあるベリー農園に行き、ベリー狩りをしてきたのです。あなたのお蔭で、すっかりよくなりましたから。最近はユイと遠出をしたり、ショッピングを楽しんだりとおおいに楽しんでいるんです」
「伯父様。わたしも調子がよくって、アントニー様についついわがままを言ってしまいます。二人でいろいろな場所を巡っては楽しんでいます。これもすべて伯父様のお蔭です」

 アントニーと二人で、体が絶好調であることをアピールしてみた。

「あ、ああ。それはよかった」

 伯父様は、自分ではポーカーフェイスを保っているつもりなんでしょう。だけど、「そんなバカな」って心の中の叫び声がダダ洩れしている。

「今朝、わざわざお呼び立てしたのは、おれたちにはもうあなたの診察が必要ないと伝えたかったからなんです」
「な、なんだと?」

 お気の毒に。突然、患者の方から「もう医者(あんた)は不要だよ」の宣言をされ、伯父様は目に見えて狼狽えている。

「素人判断はいかん。二人とも、それは一時的なことだ。服薬で一時的によくなったりはするが、すぐにまた具合が悪くなる。それの繰り返しで、最終的には手の施しようがないほど悪化するのだ」

 それはそうでしょう。具合の悪い体を回復させる為の薬ではなく、死へと誘う毒を服用させているのだから。

 伯父様は、立ち上がって行ったり来たりしはじめた。

 この事態をどう収拾するか。わたしたちを納得させ、どう従わせるかを思案しているに違いない。

「そうでしょうか?」

 アントニーは、行ったり来たりしている伯父様を目で追いながら言った。

「当然だ。アントニー、おまえは医師か?医療の心得でもあるのか?ユイ、おまえはどうだ?」

 伯父様は立ち止まるとこちらに向き直り、人差し指でアントニーを、それからわたしを指さした。

「あるわけありませんよ。なあ、ユイ?」
「ええ」

 二人で顔を見合わせ、微笑み合った。

 しかも、ほんわかとした雰囲気を醸し出している。そんな呑気な雰囲気に、伯父様がイライラしはじめているのを感じる。

「だったら、わたしの言うことをきくのだ。自分勝手な判断で服薬をやめたり受診をやめたりするから、寿命を縮めるのだ」
「父上と母上もそうだったのですか?」
「なんだと?」

 アントニーの低く冷たい声で、伯父様は驚いたように彼を見た。

「両親も自分勝手なことをしたのですか?伯父上、あなたの言いつけを守らなかったのですか?だったら、おれはどうなのです?あなたの言うことに従えば、死ぬことはないのですか?あなたの言う通りにしていれば、病が治って長生き出来るんですか?」
「アントニー、何を言って……」
「伯父様、わたしもです。わたしもあなたに従っていれば、死ななくてすむのですね?」

 二人して問いつめた。

 一瞬、アントニーがわたしを見た。

 ああ、そうだったわ。

 じつは、わたしも伯父様に余命いくばくもないと宣告されたことを、アントニーに伝えていなかったんだった。

 結局、アントニー同様わたしの宣告も嘘っぱちだったんだけど。

「伯父上の理論なら、当然助かるはずですよね」

 アントニーは、アイコンタクトで悟ってくれたみたい。

「やめないか。わたしの言うことをきいたからといって助かるものではない」
「どちらにしても死ぬわけですよね?それだったら、好きなようにさせてもらいますよ。飲みたくもない薬を飲み続ける必要はないし、胡散臭い診断を信じる必要もない。ユイ、きみはどう思う?」
「同意いたしますわ、アントニー様。巷では、二人の医師に診てもらうことが流行っていますし」
「おいおいおい、どういうことだ」
「伯父上。じつは、その流行りを実践してみたんです」
「なんだと?どういう意味だ」
「そのままのことですわ、伯父様。伯父様とは違う医師の診察を受けたのです。アントニー様もわたしも」
「なぜだ?そんな必要はない」

 伯父様は、文字通り地団駄を踏んだ。

「いいえ、必要です。いくら伯父上が名医でも、患者が身内となると動揺したり不安になりすぎて診断を誤ってしまうかもしれません。ですので、まったく関係のない医師に診てもらったわけです」
「勝手なことを。わたしに何の相談もなく、そんなことをするなんて……。わたしは、甥や姪に裏切られたわけだ。何よりも大切なおまえたちの為に、他の患者を後回しにしたり断わったりしてまで優先したのだぞ。他国や王国内の医師にコンタクトをとり、情報を収集した。ひとえに、おまえたちに希望を持ってもらいたかったからだ」

 伯父様は、派手なジェスチャーとともに熱弁をふるっている。

 それを、わたしたちはどこか冷めた感じで見つめた。