「アントニー、先に診させていただいても?」
「もちろん」
彼女がアントニーを診察している間、わたしはいったん診察室を出て椅子に座って待った。
そして、診察が終わると診察室に戻った。
「アントニー。精密検査をしたわけではないから確実じゃないんだけど、あなたは病にかかっていない可能性がかなり高いわ。厳密には、健康体だった可能性が高いということね」
カーリーは、二人並んで座っているわたしたちにローテーブルの向こう側からそう告げた。
思わず、両手を口にあててしまった。
うれしさと安堵感が、言葉となって口から飛び出しそうになったからである。
「病ではないけれど、長年薬を服用していることによって、臓器が弱ってしまっているの。だけど、それも薬の服用をやめて静養すれば元気になるわ。ほら、いまだって顔色がいいでしょう?肌だって色つやがいいし」
「カーリー。では、おれは死なないんですね?」
アントニーは両拳を握りしめ、腰を浮かさんばかりの勢いで尋ねた。
その質問の内容に、カーリーと顔を見合わせてしまった。
「『死なないんですね?』ですって?もちろん、死なないわ。あのもろもろの薬を服用し続ければ、いずれは臓器不全で死んでしまうでしょうけど……」
「ちょっと待って。アントニー様、どういうことですか?死ぬ、とでも宣告されたのですか?」
カーリーの説明にかぶせ、アントニーに体ごと向いて問いつめてしまった。
「ああ。余命宣告をされたよ」
彼もまた、体ごとこちらに向き直った。
「きみとの結婚を公表する直前だった。腹の具合が悪くなってね。伯父上に相談したんだ。診察をしてもらった際に結婚の報告もして、そのときには診察だけで痛み止めをもらって終わったんだが……。二日後に呼び出され、じつは両親とおなじ正体不明の病にかかっていて、長く生きられないと告げられた。おれの方が若い分両親よりかは長く生きられるだろうが、とも。そのとき、おれ自身だけでなく両親も死ぬと宣告されたわけだ」
「なんてこと……」
言葉を返すどころの騒ぎじゃないわ。
カーリーも口をあんぐりと開けている。
「たしかに、その後の両親の衰弱ぶりはひどかった。ユイ、それはきみも見ているだろう?きみとの結婚は、両親も心待ちにしていた。だから、あのタイミングでよかったと思ったんだ」
「ええ、ええ。あっという間でした」
お義父様もお義母様も、わたしたちの結婚のもろもろのことが終るまでは気丈にされていたけど、それらが片付いた途端寝込んでしまい、あっという間に状況が悪くなってしまった。
「アントニー、もう気づいていると思うけど……」
「カーリー。両親も、というわけですね?」
「ええ。あくまでも可能性が高いわ」
「くそっ!」
彼は、右足で床を思いっきり踏みしめた。
「す、すみません」
が、すぐに床にあたってしまったことを謝罪する。
「いずれにしても、ここから先はわたしにはどうしようもない。もちろん、協力はするけれども」
「わかっています、カーリー。警察の仕事ですから」
「あなたたちの伯父様のことなんだけど、クイン医師は評判がよくないの。そういうことも、警察が調べると思うわ」
彼女は、伯父にまつわる噂話をきかせてくれた。
お金目的で嘘の診断書を書いたり、薬の処方もお金次第でいろいろ手を回したりしているとか、闇医者っぽいことをしているとか。
はやい話が、お金になることなら何でもやっているらしい。
伯父様の婿養子先のクイン伯爵家は、代々王族専属の医師を務めている。それも、伯母の最初の婿養子までだった。
伯父様が婿養子になると、王族の専属医師から外されてしまった。違う医師が任命されたのである。
王族専属の医師になるべく人物のことは、王族も調査をする。
後ろ暗いところがあれば、すぐにバレる。
その調査結果で、伯父様は専属医師としての資格を剥奪されたのに違いない。
「よければ、わたしが警察に話をするわ」
カーリーが申し出てくれた。
「貴族の息のかかっていない、賄賂になびかない優秀な捜査官を知っているの」
警察といえど、油断はならない。
貴族や有力者や大悪党に飼われていたり、賄賂を受け取るのを当然と思っていたりする人がいる。
「わたしの婚約者で、強面で頑固で融通がきかなくって小さな虫が怖い奴なんだけど」
「ええええっ?」
「ええええっ?」
アントニーと叫んでしまった。
まさか彼女に婚約者がいるなんて……。
かんがえてみれば、こんなに素敵な女性なんですもの。いい人の一人や二人、三人や四人いてもちっともおかしくないわよね。
彼女の婚約者は、王立警察の捜査官をまとめる地位に就いているらしい。かなり優秀で、なにより不正とは無縁だという。
「わたしたち、あなたたちとおなじで幼馴染どうしなのよ。腐れ縁ね。おたがいに自分たちの仕事が大好きすぎて、いまは仕事に没頭しているの。いつ結婚するかは、神のみぞ知るという感じかしら」
彼女は、さらっと言って笑った。
カッコいいわ。
そんな関係もあるのね。
とりあえず、彼女に一任することにした。
どうせ警察とも話をすることになる。
マークが馬車でやって来た。
伯父様は、アントニーが不在ということでしばらく待っていたけれど、諦めて帰ったらしい。
明日、かならず診察に来るよう伝言を残して。
カーリーと明日の伯父様への対処を話し合い、この日は帰宅した。
「もちろん」
彼女がアントニーを診察している間、わたしはいったん診察室を出て椅子に座って待った。
そして、診察が終わると診察室に戻った。
「アントニー。精密検査をしたわけではないから確実じゃないんだけど、あなたは病にかかっていない可能性がかなり高いわ。厳密には、健康体だった可能性が高いということね」
カーリーは、二人並んで座っているわたしたちにローテーブルの向こう側からそう告げた。
思わず、両手を口にあててしまった。
うれしさと安堵感が、言葉となって口から飛び出しそうになったからである。
「病ではないけれど、長年薬を服用していることによって、臓器が弱ってしまっているの。だけど、それも薬の服用をやめて静養すれば元気になるわ。ほら、いまだって顔色がいいでしょう?肌だって色つやがいいし」
「カーリー。では、おれは死なないんですね?」
アントニーは両拳を握りしめ、腰を浮かさんばかりの勢いで尋ねた。
その質問の内容に、カーリーと顔を見合わせてしまった。
「『死なないんですね?』ですって?もちろん、死なないわ。あのもろもろの薬を服用し続ければ、いずれは臓器不全で死んでしまうでしょうけど……」
「ちょっと待って。アントニー様、どういうことですか?死ぬ、とでも宣告されたのですか?」
カーリーの説明にかぶせ、アントニーに体ごと向いて問いつめてしまった。
「ああ。余命宣告をされたよ」
彼もまた、体ごとこちらに向き直った。
「きみとの結婚を公表する直前だった。腹の具合が悪くなってね。伯父上に相談したんだ。診察をしてもらった際に結婚の報告もして、そのときには診察だけで痛み止めをもらって終わったんだが……。二日後に呼び出され、じつは両親とおなじ正体不明の病にかかっていて、長く生きられないと告げられた。おれの方が若い分両親よりかは長く生きられるだろうが、とも。そのとき、おれ自身だけでなく両親も死ぬと宣告されたわけだ」
「なんてこと……」
言葉を返すどころの騒ぎじゃないわ。
カーリーも口をあんぐりと開けている。
「たしかに、その後の両親の衰弱ぶりはひどかった。ユイ、それはきみも見ているだろう?きみとの結婚は、両親も心待ちにしていた。だから、あのタイミングでよかったと思ったんだ」
「ええ、ええ。あっという間でした」
お義父様もお義母様も、わたしたちの結婚のもろもろのことが終るまでは気丈にされていたけど、それらが片付いた途端寝込んでしまい、あっという間に状況が悪くなってしまった。
「アントニー、もう気づいていると思うけど……」
「カーリー。両親も、というわけですね?」
「ええ。あくまでも可能性が高いわ」
「くそっ!」
彼は、右足で床を思いっきり踏みしめた。
「す、すみません」
が、すぐに床にあたってしまったことを謝罪する。
「いずれにしても、ここから先はわたしにはどうしようもない。もちろん、協力はするけれども」
「わかっています、カーリー。警察の仕事ですから」
「あなたたちの伯父様のことなんだけど、クイン医師は評判がよくないの。そういうことも、警察が調べると思うわ」
彼女は、伯父にまつわる噂話をきかせてくれた。
お金目的で嘘の診断書を書いたり、薬の処方もお金次第でいろいろ手を回したりしているとか、闇医者っぽいことをしているとか。
はやい話が、お金になることなら何でもやっているらしい。
伯父様の婿養子先のクイン伯爵家は、代々王族専属の医師を務めている。それも、伯母の最初の婿養子までだった。
伯父様が婿養子になると、王族の専属医師から外されてしまった。違う医師が任命されたのである。
王族専属の医師になるべく人物のことは、王族も調査をする。
後ろ暗いところがあれば、すぐにバレる。
その調査結果で、伯父様は専属医師としての資格を剥奪されたのに違いない。
「よければ、わたしが警察に話をするわ」
カーリーが申し出てくれた。
「貴族の息のかかっていない、賄賂になびかない優秀な捜査官を知っているの」
警察といえど、油断はならない。
貴族や有力者や大悪党に飼われていたり、賄賂を受け取るのを当然と思っていたりする人がいる。
「わたしの婚約者で、強面で頑固で融通がきかなくって小さな虫が怖い奴なんだけど」
「ええええっ?」
「ええええっ?」
アントニーと叫んでしまった。
まさか彼女に婚約者がいるなんて……。
かんがえてみれば、こんなに素敵な女性なんですもの。いい人の一人や二人、三人や四人いてもちっともおかしくないわよね。
彼女の婚約者は、王立警察の捜査官をまとめる地位に就いているらしい。かなり優秀で、なにより不正とは無縁だという。
「わたしたち、あなたたちとおなじで幼馴染どうしなのよ。腐れ縁ね。おたがいに自分たちの仕事が大好きすぎて、いまは仕事に没頭しているの。いつ結婚するかは、神のみぞ知るという感じかしら」
彼女は、さらっと言って笑った。
カッコいいわ。
そんな関係もあるのね。
とりあえず、彼女に一任することにした。
どうせ警察とも話をすることになる。
マークが馬車でやって来た。
伯父様は、アントニーが不在ということでしばらく待っていたけれど、諦めて帰ったらしい。
明日、かならず診察に来るよう伝言を残して。
カーリーと明日の伯父様への対処を話し合い、この日は帰宅した。