「ユイ。いま、あなたも自分の薬を持っているの?」
「ええ、これよ。じつは、わたしは錠剤にトラウマがあって一粒も飲んでいないの」

 子どものときに錠剤が喉にひっかかって苦しんだときの話をした。

「そのときの錠剤に感謝したいわ」

 彼女は、伯父が処方した薬をわたしの手から受け取りつつつぶやいた。

「ユイ、よくきいて。公爵閣下とあなたの薬を、このあとすぐに仲のいい薬師に渡して調べてもらうわ。わたしの推測があたっていないことを祈りたいけれど、万が一にもあたっていたら、大変なことになる。あなたとはなるべく早く会って話をすることになるけれど、それまでクイン医師の診察は受けないでいて。どうしてものときには、うまくやりすごして。当然、薬も飲まないで。それから、公爵閣下も出来れば診察は控えて欲しいの。それと、薬は……。そうだわ。ビタミン剤とカルシム剤と疲労に効果のある錠剤を渡しておくので、それを飲んでもらって。そうね。クイン医師からこちらの薬にかえるからと預かってきた、とごまかせないかしら?ごまかせたら、ぜったいにクイン医師の診察はダメよ。薬のことがバレてしまうから」
「わかったわ。やってみる」

 カーリーを信じ、彼女に任せてみよう。

「弟にも協力してもらってもいいかしら?もちろん、うまく取り繕うから」
「お願い。わたしも、わたしたちの身の回りの世話をしてくれている侍女に話をして協力してもらうわ」
「だったら、こう伝えて。『いま流行りの、二人の医師の診断を受けることになった。そうすると、伯父はいい気がしないだろうから黙っておきたい』、そんな風にね」
「いいアイデアだわ。それで大丈夫だと思う」
「わたしは、早速友人の薬師のところに行ってくるから。今日はこの辺で。結果が出たら、弟を通じてすぐにあなたに知らせるわ」
「カーリー、感謝するわ。ほんとうにありがとう」
「気にしないで。だけど、あなたにとっても公爵閣下にとってもつらい結果になるかもしれない」

 彼女は、立ち上がってローテーブルをまわってこちらに来た。

 軽くハグをされた。そのあたたかい感じが心地よすぎる。

 彼女は、マークを呼んでから彼にうまく説明をしてくれて協力を得てくれた。

 そして、診察室を出て行った。

 わたしたちも帰宅の途についた。


 屋敷に戻ると、さっそくベッキーに事情を話して協力をあおいだ。
 カーリーのアドバイス通りの内容を告げたのである。

 彼女は、協力をしてくれるという。

 アントニーは、わたし同様彼女にとってもある意味幼馴染のような存在である。

 彼女もまた、わたしと同じくらい彼のことを心配している。

 そして、そのアントニーに薬のことを話した。

 カーリーからもらった体に良さそうな薬を渡し、彼がこれまで服用していた薬を受け取った。

 その上で、「伯父様はしばらく休診するそうです」と大嘘をついた。

 数日間である。もしもバレたとしても、勘違いだったと笑ってごまかせばいい。

 カーリーのあの勢いだったら、アントニーにバレるまでにはなんらかの連絡をしてくれるに違いない。

 それを信じよう。

 アントニーは、「伯父上、そんなこと何も言っていなかったのにな」とつぶやいてはいたけれど、疑ってはいないようである。

 あとは、数日間日中はどこかに行こうとか何かをしよう、と誘えばいい。

 というわけで、翌日から急にわがままで傲慢で欲の深い妻を演じた。

 大道芸を観たい。王立図書館で読書三昧をしたい。街のマーケットに行きたい。王立動物園に行きたいなどなど、様々なことを要求し、だだをこねた。

 伯父夫婦や義理の従姉、それから上流階級の人たちと鉢合わせしないような場所を選んだ。

 もっとも、どれもほんとうに行きたい所ではあるのだけれど。

 アントニーは、そんなわたしのわがままをすべてきいてくれた。

 はからずも、ほんの数日間だけど二人でいろんな場所をデートをすることになったのである。