「カーリー、どうしてそんなことを尋ねるのです?」
「さきほどわたしがあなたにお願いした検査で、あなたは気がついたはずです。いいえ。それ以前に、あなたは予想をしているのではないですか?だけど、あなたはうれしくないようです。厳密には、うれしさよりも不安や怖れの方が大きい。それが、ありありと感じられるのです。ですから、不躾ながら尋ねました」

 返す言葉もない。

 彼女の言う通りだから。

「わたしは、ここでどんな診療もやっています。もちろん、手に負えなかったり知識の少ないケガや病や症状、というのも少なくありません。そういう場合は、専門分野の医師を紹介します。ここでは、ある程度なんでも出来なければなりません。この地域で生活している人のほとんどが、食うや食わずやの生活を送っています。どれだけ痛かったり苦しかったりしても、医師に診せるお金がありません。わたしが前の勤め先を辞めたのはその為なんです。医師を必要としている患者を診たい。だから、ここでこうして診療しています。患者は、ケガ人や病人だけじゃありません。そして、ケガや病だけを治療するわけではありません。だれしもケガや病になれば、生活や仕事のことなど不安になります。そういう心のケアもしています。それとは別に、妊婦や妊娠をしたいと願っている人たちとも多く接しています」

 彼女は、診療代を支払えない患者からはいっさいもらわないらしい。

 なかなか出来ることじゃない。薬だって安くはない。そういう薬代だって彼女が支払っていることになる。

 それはともかく、彼女がほんとうにわたしに伝えたかったのは、最後の妊婦や妊娠をしたいという女性たちと多く接している、というところよね。

 やはり、わたしは妊娠しているのね。

 あのたった一度のことで……。


 カーリーは信頼出来る。

 彼女にだったら相談出来る。

 彼女になら、ほとんどのことを伝えてもいい。

 あらためて決心をした。

「カーリー、確認をさせて下さい。わたしは懐妊しているのですね?」
「ええ、ユイ。おめでとうございますって笑顔で伝えたいんですけど……」
「ありがとうございます、カーリー。まだ時間は大丈夫ですか?きいていただきたいことがあるんです」
「もちろんです。その前に、ポットに紅茶を淹れてきます。それから、『アーチャーの休憩所』でマフィンも購入しているんです。ジャムは、ブラックベリー、ブルーベリー、マーマレード、どれがいいですか?」
「うれしいわ。では、全部ということでいいですか?」
「ええ、もちろん。他の種類もあると思いますので、そちらも持って参ります。弟には、女子どうしで盛り上がっていてまだ帰れないので昼寝でもしておくよう、伝えておきます」

 彼女のユニークさに笑ってしまった。

 彼女は、早速診療室を出て行った。

 そして、ほどなく戻ってきた。

 わたしは、彼女に話をした。

「カーリー、懐妊してどの位経っているのかしら?」

 あの夜のこと以外を話し終えた。

「アーチャーの休憩所」のマフィンが美味しすぎて、六つも食べてしまった。ブラックベリー、ブルーベリー、マーマレード、リンゴ、レモン、アンズのジャムがあるのですべて制覇してしまった。

「そうね。おおよそ十週から十二、十三週あたりかしら」

 スイーツは女性の心を和ませるばかりか、関係をより親密にしてくれる。

 おたがいの言葉も、ずいぶんとざっくばらんになっている。

「やはり、あのときなのね」

 彼女の答えで納得した。だけど思い出そうが考えようが、わたし自身アントニーとあの夜にそういうことをした以外、まったくそういうことをしていない。

 どちらにせよ、あの夜のあの一度のこと以外考えられない。

 三か月ほど前のあの夜……。

 あの夜は、すべてがおかしかった。いつもとは違っていた。

 あの夜、めずらしくアントニーが外食をしてくるという。

 もちろん、ベッキーたち使用人にはサロンで夕食をすませると伝えたが、じつはアナベルのところによって夕食を共にするとのことだった。

 それまで一度もそういうことはなかった。食事をするにしてもランチだけであった。

 わたし一人なら、適当に自分で作って食べればいい。
 だから、使用人全員に午後から休んでもらった。

 王立図書館で本を借りていたので、読破してしまうにはちょうどよかった。だから、紅茶とクッキーを自室に持って行って準備万端にして読みはじめた。

 が、集中出来なかった。

 アントニーとアナベルのことをどうしてもかんがえてしまう。どれだけ頭から追い払おうとしても無理だった。
 何度も何度も同じページの同じ行を読み返している。

 諦めて本を閉じたタイミングで、テラスへと続くガラス扉に、雨粒が叩きつけられていることに気がついた。

 そこまで行き、窓外を見つめた。

 室内のランプの反射で見えにくいけど、大粒の雨がこれでもかというほどガラスにぶつかってきている。

 すさまじいまでの勢いに、思わず半歩後ろへさがってしまった。

 この時期にこれだけの豪雨はめずらしい。

 そのとき、門の方から小さな光が近づいてくることに気がついた。