マークの実家は、王都の中心部から離れた閑静な住宅街の一画にある。

 すぐ近くに大きな公園がある。そこではちょっとしたピクニックが出来るらしく、休日には親子連れやカップルで賑わうらしい。

 彼のお姉さんは、街の一番大きな病院に勤めていた。が、経営しているのが侯爵家で、利益優先の経営方針に嫌気がさして辞めてしまったらしい。

 実家に空き部屋があるのでそこを診察室に改造し、以降実家で診療所を開いている。

 カーリー・サクソン医師は、背が高くて美人で気さくな先生である。

 一目見た瞬間、彼女と波長が合うと直感した。

 じつはこの午後、診療所は休みだったらしい。基本的には週に二日、午後から休診している。それ以外は、いつでも診察に応じてくれるという。もっとも、休診していても急患があればすぐに診てくれるらしいけれど。

 この午後、彼女はわたしの為に時間を作ってくれたとか。

 パウエル公爵家の馬車で送ってくれたマークは、馬車を裏通りに停めて実家ですごして待ってくれている。

 カーリーとは診察室で会ったけど、紅茶とクッキーでもてなしてくれた。

 クッキーは、わたしが好きだからと「アーチャーの休憩所」までわざわざ買いに行ってくれたとか。

 医師だからか、それともそもそもそういう性格なのか、彼女はじつにきびきびしている。

 紅茶とクッキーを食べつつ雑談をした後、いよいよ本題を切り出すときがきた。

「じつは、夫が病がちでして……。どういう病なのか何度か尋ねているんですが、いっこうに教えてくれません。大量の薬を飲んでいるわりには、つねに顔色が悪く、元気もありません。素人判断なのですが、よくなっているという気がしないのです。それどころか、じょじょに悪くなっている、というよりかは病魔に蝕まれている気がしてなりません」
「たしか、バーニー・クイン医師にかかられているんですよね?」

 彼女は、すぐにそう尋ねてきた。

 さすがは医師である。そういうネットワークでもあるのかしら。

「はい。彼は、亡くなった夫の父親の兄にあたりますので。こんなこと、先生に頼める筋合いじゃないんですけど、夫の様子が気になりまして。これで夫の病がわかれば、と」

 ローテーブルの上に、アントニーの寝室から失敬してきた薬の数々を置いた。

「奥様、拝見しても?」
「ええ、もちろん」

 彼女は、薬を一つ一つ指先でつまんでは眼前にかざしていった。

「奥様、公爵閣下の様子をもう少し詳しく教えていただけませんか?」

 そして、彼女は言った。

 彼女の澄んだ青色の瞳は、真剣みを帯びている。

 思い出せるかぎりのこと、気がついたことを詳しく話した。

 すべて話つくすと、彼女は長椅子の背もたれに背中を預けて瞼を閉じた。

「奥様。率直に申し上げますと、奥様からうかがった話とこれらの薬との関連性に疑問があります。ただ、わたしはそこまで薬に精通しているわけではありません。わたしの勘違いや思い過ごし、あるいは知識不足という可能性もあります。これらをお預かりさせていただいてもいいでしょうか?親友の薬師に相談してみます。もちろん、公爵閣下や奥様のことは伏せておきますので」
「ぜひお願いします」

 彼女は背もたれから背中を引き剥がし、ローテーブル上に身を乗りだしてきた。

「弟から奥様もお加減がすぐれない、ときいております。よろしければ、診させてもらえませんか?」
「え?ですが……」
「奥様もクイン医師にかかられているのですよね?奥様ご自身が弟に仰ったように、女性、とりわけ貴族の既婚者だと、男性医師では診にくかったり告げにくいことがございます。義理の姪だと余計にそうかもしれません」

 たしかに、彼女の言う通りだわ。

 女性特有の病だったり症状だったらそうかもしれない。

 だけど、わたしの場合は違う。

 そういったものとはまったく別の病なのである。まったく別の病によって、余命がわずかだということを、伯父は表情一つ変えることなく宣告した。

 医師って割り切れるのね。精神的に強いのね。

 義理の姪とはいえ、一応は身内である。彼の冷静さは、血縁とか知り合いとか親友とかではないまったく見ず知らずの患者に告げるかのようだった。

 それはともかく、彼女に病のことがバレたらマークにも知られてしまうかしら。

 ああ、そうだったわね。

 医師は、患者の情報を他には告げてはならない守秘義務があるのよね。

 だったらせっかく申し出てくれたし、診てもらおう。

「よろしくお願いします」

 結局、彼女に診てもらうことにした。