「ユイ。結婚前に約束した契約期間を、来月で終了しようと思う。すでに王家には了承を得ている。来月には、あたらしい妻を迎える手続きが必要になる。というわけで、きみもこれからの人生をあたらしいパートナーとすごすもよし、一人を満喫するもよし、とにかく好きにやってくれ。おたがい、それぞれの人生でしあわせになる。おれたちの結婚は、しょせん親どうしが決めた「幼馴染婚」ってやつだ。おれたちの間には幼い頃からの情みたいなものはあっても、愛はなかった。おれもきみも、来月から自由だ。いいね?おいおい、そんなに笑顔にならないでくれ。なんだって?おれも笑顔だって?おかしいなぁ。一応、神妙な表情にしているつもりなのに」

 いまはまだ夫であるアントニーは、一方的にそう言ってから乾いた笑い声を上げた。

 いつも笑顔でいることを心がけているけれど、いまはさすがに笑顔ではいられない。それなのに、彼はわたしが笑顔だという。

 そして、彼もそう。わたしは、彼が笑顔だとは思わない。

 アントニー、どうしてそんなにつらそうなの?どうしてそんなに苦しそうなの?

 いま、このタイミングで彼に真実を告げる必要なんてないわよね?

 どうせ来月にはこの屋敷から放り出されるんだし。そうなれば、わたしは行くところを失ってしまう。

 でも、まぁいいか。

 ちょうどよかったかもしれない。

 つい先日、余命あとわずかだと宣告されたばかりだから。

 何もかも失う。命も含めて。

 そうね。だったら、来月どうにかすればいい。

 命そのものを……。

 彼といられるのもあとわずか。

 こうなったら、せめてわたしがここにいる間彼が愛するアナベルとしあわせな生活が送れるよう、病を治すまではいかなくても少しでも元気にしてあげなくては。

 それが、彼へのお礼。幼馴染で親どうしが決めたからといって、ずっと側に置いてくれた彼への感謝の気持ち。

 病がちな彼を、少しでも元気にしてあげる。

 決まりね。

「さっそく、アナベラのもとへ行ってくるから」

 いそいそと屋敷を出て行く彼の背を見つめつつ、心と頭の中でいろいろなことを決意した。