まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「待ってください!」

 早朝、秋吉様が月島旅館の前で見送られ帰ろうとしているところだった。

 いつも通常のチェックアウト時間より随分と早くに帰るというふたりに慌てて声を出したら、秋吉様はこちらを向いてタクシーに乗り込もうとする足を止めた。

「間に合ってよかったです」
「あなた、昨日の……」

 不思議そうに私を見る秋吉夫妻の後ろで、ちょうど見送りにきていた女将や従業員のみんなも驚いたように顔を見合わせた。

「こちら落とされてませんか」

 私は息を整え、手に握りしめていたものをそっと開いて見せた。すると勢いよく飛びついた奥様の口から小さな吐息が漏れた。

「どんなに探してもなかったのに、どこに」
「明月屋(めいげつや)さんの前に。少し探すのに手間取ってしまってギリギリで申し訳ありません」

 明月屋は月島旅館の前に広がる温泉街の一番奥に構えるお団子屋さん。どこまで散策していたか分からず、ひとまず軽い夕食を挟んだあと夜通し探してようやく見つけた。

 アメジストが埋め込まれた蝶の帯留めだ。

「どうして? なくしたなんて一言も……」

「昨日お見かけしたとき、用意した覚えのない帯締めをつけていらっしゃいました。ちらっと見ただけだったので確信はありませんでしたが、あれは随分前に鷹宮で作っていたものではないですか?」

 子供ながらに蝶が輝いている可愛い帯締めだと思った記憶がある。だからあの時見覚えのあるそれになにか足りないと違和感をもって、終始帯のあたりを触って気にしていた様子を見たらきっとそうだとピンときた。

「ありがとう、よく見ていてくれて」

 すると帯留めを大切そうに胸に抱き、そっと開いた手の中にある蝶を愛おしそうに見つめた。