まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「でも大事なものだったのでは」
「違うの、ごめんなさいね」

 くしゃっと顔を歪ませて首を振ったあと、目を伏せたまま通り過ぎていってしまう。下駄の足音がカンカンと館内に入っていくのを見送ったものの、なかなかその場から動けずにいた。

 それにすれ違いざまにふと目がいった先が気になって私の中にはもやもやとした感情が渦巻く。


「ここにいたのか」

 次に声が聞こえて顔を上げたとき、もう辺りは日が落ちて暗くなっていた。旅館の入り口から少し離れすっかり時間を忘れた私の指先は真っ黒だ。

 結局あれから私はひとりで黙々とあるかも分からない落とし物を探し、手元を照らしていた携帯のライトもあまりに夢中で無意識につけていた。

「一哉さん」
「はぁ、連絡しようとか思わなかったのか」

 呆れたようにしゃがみ込む一哉さんの顔を見た途端なにか大事なことを忘れているような気がした。

 お洒落なグレーのスーツ姿の彼と真っ直ぐ目が合っているうちにだんだんと頭がはっきりしてくる。

『店を予約した』
『自分の誕生日だろ』

 つい数時間前の記憶が走馬灯のように蘇り、慌ただしく立ち上がった。

 しかしずっと同じ体制でしゃがみ込んでいたせいで足が痺れて危うく倒れそうになる。

「世話が焼ける」

 力が抜けたかと思った瞬間、彼の腕が腰に回りぐっと力強く抱き止められた。