まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「ここにいれば鷹宮の着物が見られるので」

 一哉さんを思って顔がニヤけていたなんて悟られてはいけないと、俯きながら空笑いを浮かべて誤魔化す。

 でも実際仕事が楽しいのは本当で、家にいるよりも相屋で経理をしているときよりもずっと充実した時間が過ごせていたから答えは自然と出てきた。

「すれ違うお客様や従業員の皆さんが鷹宮の着物を着て生き生きとしているのが間近で見られるのは嬉しくて。やっぱり着物は人に着られているときが一番輝いてると思うから」

 私がここで働きたいと思ったきっかけは、あの日裏口から見た仲居さんたちの姿だったから。

「生粋の着物バカだな」
「バカってひどい!」

 ムッとして顔を上げた私だったけれどすぐに表情が消えていく。一哉さんは柔らかい表情で笑っていて一瞬にして目が離せなくなってしまった。

「そうだ、今日は夕方にはあがれるんだろう。店を予約した」

 立ち上がる彼はいつでも唐突だ。部屋を出ようとする後ろ姿を見上げていたら振り返りざまにぽかんとしている私を見て笑った。

「忘れたのか、自分の誕生日だぞ」

 すっかり頭から抜けていた。

 あ、と口を抑えながら小さく声が出たときにはもう一哉さんはいなかった。でも自分が忘れていたこと以上に、教えたはずのない誕生日を知っていてくれていた事実に驚いて一気に顔が熱くなった。