まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「戸はゆっくり丁寧に閉じる。お食事をお出しするときは指の先まで集中する」
「はい」

 女将から直接指導を受けながら少しずつ仕事を覚え、最近は他の仲居さんたちと同様に客室にも入らせてもらえるようになった。

「じゃあ十六時の秋吉(あきよし)様の準備は頼みましたよ」

 そう言って去っていく女将に一礼し、慌ててノートを見返す。今日の朝礼で共有された内容を思い出しながら、事務室で顧客台帳に目を通した。


 秋吉夫妻は結婚記念日に必ず宿泊されているお得意様。奥様の好きな梅の花を生けて迎え、夕食にはふたりの思い出の水羊羹を食べる。夜は外を散策されるため着物の用意をすること――。


「よく生けられてるな」

 床の間に向かい真剣に花を生けていたら後ろから足音が聞こえびくっとする。

「一哉さん」
「秋吉様、もうそんな季節か」

 驚いて振り返るとしみじみとそう言いながら入ってきて、私の隣におもむろに座りこむ。腕組みをしながらじっと琥珀色の花瓶に刺さる梅の花を見つめた。

「大丈夫でしょうか。人前に出すのは初めてなので自信がなくて」

 昔からひと通りの習い事はさせてもらってきて生け花も学生時代に経験はあったけれど、社会人になってからはパッタリとやらなくなった。女将から何度か指導は受けたもののまだまだ自信が持てない。