まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「あら、気づいてらっしゃいましたよ?」

 私がから笑いを浮かべていたら彩乃さんの不思議そうな声を聞いて驚いて振り返る。

「今朝、出かけられるときにおっしゃってましたから」

 そうして彼女は一哉さんとの会話を思い出すように微笑んだ。

『まだ今日はお休みになられた方が。きっと若奥様も心配されます』
『問題ない。それよりあの手、医者から良い薬でももらってこい』
『手?』
『あいつのおかげで今日はずっと調子がいい』

 仕事に向かう一哉さんがどこか嬉しそうに見えたという彩乃さんの証言によって、心臓の鼓動がどんどん速まっていく。玄関先でまさか一哉さんがそんなことを言っていたなんてあまりにも不意打ちすぎた。

「その手を見たら誰だって気づきます。どれだけ愛情をこめて作ってくれたか、言葉にしなくたって伝わっているはずですよ」

 視線を下げ、私は絆創膏だらけの指を見つめる。火傷をしたり包丁で切ったり慣れないことをしたから私の手は一瞬でぼろぼろになったけれど、不思議とその痛みすら愛おしく思えてきた。

「どうしよう……」

 嬉しい――。

 ぼそっとひとり呟く私はその後に続く言葉をそっと心の中で噛み締めた。