まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「彩乃さん」

 言われた通りお膳を戸の外へ出したら、彼女はすぐに片付けに来たようで向こうの方で音がした。近くの縁側で待ち構えるように座っていた私は慌てて戸を開けた。

「はい、どうかなさいましたか」

 驚いたように目を丸くする彼女はお膳を持ったまま体を少しのけぞらせていた。

「あの少し出かけてこようと思うんですけど、どこかおすすめの場所ってありませんか?静かでゆっくりできそうなところとか」

 一哉さんは遅くまで帰ってこないというし、早速息が詰まりそうになっている私は気分転換にどこかへ出かけたくなった。

 でもいざ出かけようにも土地勘はないし、だったらよく知る人に聞いてみた方が早いと思った。

「私でよければ近くをご案内しましょうか」

 すると一瞬考えるような素振りを見せた彩乃さんから意外な言葉が飛び出した。

「いいんですか」
「来られたばかりで分からないことも多いでしょうからお供します。これだけ片付けてまいりますので少しお待ちください」

 にっこりと向けられた笑顔に癒される。月島家に来てピリピリとした空気や緊張感の中で気を張ってばかりいたから初めて心が和んだ気がした。

 早速いくつか持ってきた着物を広げて淡い紫色を選び、心なしかウキウキしていた。


「一哉様とはどちらでお知り合いになられたんですか」

 下駄の音をカタカタと響かせながら月島邸を出て、彩乃さんと並んで歩いた。

 早速きた問いかけにどきっとしながら、結婚前に一哉さんから渡された想定問答集なるものを思い出す。まさかこんなに早く使うときがくるとは思ってもみなかった。