まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「もしかして結ちゃん?」

 しかし私はどこからか名前を呼ばれ、その耳馴染みのある声に心臓がきゅっと縮まる。

「やっぱりそうだ」
「巧さん……」

 名前を呼ぶ声がわずかに震えた。昔のように彼はにっこり懐かしい笑顔で微笑み近づいてくるけれど、私の表情は曇ったままで後ずさる。

 頭によぎるのはレイナと寄り添う彼の姿や私の手を払いのけたあの記憶。今も忘れてはいなかった。

「どうしちゃったの? だいぶ雰囲気変わったっていうか、その……凄く綺麗だよ」

 ウェディングドレスを試着して見せた時ですら『似合ってるよ』としか言ってくれなかったのに、こういうときに初めてそんな言葉をくれる。

 俯く私はさっきまで自然と話せていたのが嘘のように喉がぎゅっと締まってしまった。

「もしかして僕に会いにきたの?」

 そう言ってさらに近づいてきた彼に身構える。

「こんなに頑張っちゃって。僕の気を引きたかった?」

 しかし緊張と動揺でほんのり赤くなりかけていた頬も一気に冷めていった。

 私は今まで、彼の何を見てきたんだろうか。巧さんに嫌われまいと自分を取り繕うのに必死になるあまり、私は何ひとつ見えていなかったんだと思う。

 優しくて穏やかで私の好きだった巧さんは、そんなひどい台詞を吐き捨てるような人ではなかった。こんな人は知らないと一気に恐ろしくなった。

「結ちゃん」

 顔を上げられず名前を呼ばれるたびに胸のあたりが気持ち悪くなる。どんどん後ずさっていくと巧さんは私の腕を無理やり掴んできて、思わず振り払いたくなった。