どこへ向かっているのかも教えてくれないまま車窓からの景色はどんどん変わっていく。次第に見覚えのある風景へと変わり、数ヶ月前まで勤めていた相屋の本社ビルが建つオフィス街が見えてきた。

 焦る私は窓から顔を離した。会社を辞めて以来近づきたくもなかったのに、この人はどこへ連れていく気なのだろうか。いろんな想像が頭を巡る。

「本当にどこへ行くんですか。私この辺は」
「どうせなら〝逃した魚は大きい〟と思わせたくないか」

 ホテルで彼が言った『妻にならないか』とかいうセリフを思い出し、血の気がひく。良からぬことを考えてはいないかと、ひたすら良くない未来ばかりが浮かぶ。

 まさか相屋に乗り込んでいく気だろうか。そんな漫画みたいな話あるわけないと思いながら、変人極まりないこの男ならやりかねないとも思う。

 私は刻々と近づいてくる本社ビルを前にぎゅっと目を瞑る。体を縮こませ身構えていた。しかしいつになっても車が停まる様子はなく、ゆっくり目を開け確認したらとっくに本社の前は通り過ぎていた。

 それからしばらくして脇道に入っていくとお洒落な美容室の前に到着する。

「ほら、出るぞ」

 ぼんやりお店を眺めていたら、いつの間にか反対側から回ってきた一哉さんが扉を勢いよく開けた。

「私特に髪を切る予定は……」
「いいから来い」

 涼しい鐘の音が店内に響き綺麗な女性に出迎えられる。