まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

 私は慌てて化粧室に逃げ込んだ。

 洗面台に手をついて鏡に映る自分を見つめる。鼻をすすりながら必死に溢れる涙を堪え、厚い前髪でひどい顔を隠した。

 泣くつもりなんてなかった。

 巧さんに突き放されて落ち込んで部屋に塞ぎこんだこともあったけれど、所詮私たちは政略結婚で好き合っていたわけじゃなかったからすぐに忘れられる。少し泣けばすっきりするとそう思っていた。

 なのにどうしてこんなに胸が苦しいんだろう。


 食事中に泣き出して急に席を立ってしまった手前、このまま一哉さんのいるテーブルに戻るのが気まずくて仕方なかった。化粧室を出たもののどんな顔をして帰ろうかと壁に寄りかかりため息をついた。

「ご馳走様でした」
「こちらこそ来てくれてありがとう。また誘ってもいいかな」

 すると、とあるカップルの会話が聞こえてきた。

 でもそれはふたつとも聞き馴染みのある声で急に心臓がドクンと脈打つ。なんとなく頭にはふたりの顔が浮かんでいた。

「は、はい。もちろんです」

 慌てて返事をする彼女の甲高い声に引き寄せられ、私は壁に手を添えながら恐る恐る顔を出した。

「さすがに結ちゃんがいる前では言えなかったけど、正直レイナちゃんの方がタイプだったんだよね」

 思い過ごしでありますようにと願ったけれど、仲睦まじく寄り添う彼らを見た瞬間サーッと血の気が引いていった。

 口を抑えて呆然と見つめる先にいたのは、紛れもなく巧さんとレイナだった。