「大丈夫です、歩いて帰れます。それにもう少しここで見ていたいので」
「分かりました」
「お疲れ様でした」

 トラックの音が遠のいていく中、ひとり残った私は閑散とした店内を歩いた。何もなくとも色々な思い出が詰まっていて、白いカウンターに残った傷すら愛おしかった。

 懐かしい記憶に浸っているとまだ扉についたままになっていた鐘が音を鳴らした。

 驚いて振り向いた瞬間掴まれた腕にびくっとし、目の前には見覚えのある顔がある。そこには彫刻のような美しい顔立ちがあり、彼は月島園の式場で見たのと同じ人物だった。

「着付けはできるか」
「は、はい。……って、え?」
「君を借りたい。来てくれ」

 私は強引に手を引っぱられ、訳も分からずなぜか外へと連れ出された。

「あの、あの」

 遠慮がちに出す声は彼の耳には届かず、大通りを歩く人混みをかき分けてどこまでも進んでいく。長いスカートの裾を浮かせながら走る私は手を引っ張りながら小さく抵抗してみるが、どこかへ連れていく男性の足は止まらなかった。

 おそらく彼は二十代後半、もしくは三十代前半と言ったところだろうか。

 相変わらずぱっと見高そうなスーツを着ているかと思えば、ブランド物のロゴがついている。どこへ連れていかれるのかも分からないまま、私は突然店に入ってきた男性に誘拐された。